3日に外務省が発表した、海外に在留している日本国民を対象に初めて実施した調査「海外における邦人の孤独・孤立に関する実態把握のための調査(令和5年)」(1)の結果を見ながら、全体的に興味深い調査だと思いつつも一部ちぐはぐさを感じた。要点から言えば「海外在留邦人は日本国内の日本人より、孤独感を感じる割合が高い」という結果だ。
直接的な質問《あなたはどの程度、孤独であると感じることがありますか》に対し、「しばしばある・常にある」と答えた在留邦人は6・9%で国内は4・8%だった。同様に「時々ある」と答えた在留邦人は12・7%で国内は14・8%、「たまにある」は在留邦人で25・3%と国内は19・7%。三つの合計では在留邦人が44・9%で、国内の39・3%より5・6ポイント高くなっているので「在留邦人の方が孤独」という結果だ。
孤独感を感じる三つの合計を地域別に見ると、西欧が最も高く48%、次いで南米が46%、北米が45%。孤独感を感じた理由は「言語上の理由」が32%、「文化的な違い」が28%、「転居によるもの」が25%だった。
この調査結果を受け、外務省は《在外邦人の方々の孤独・孤立及びそれに付随する問題に対応するため、国内の5つのNPO団体と連携した取組を開始しました。具体的には、在外邦人の方々に対し、外務省の海外安全ホームページ、在外公館のホームページや領事メール等を通じ、外務省と連携する5つのNPO団体を紹介し、在外邦人の方々がNPO団体にチャットやSNSを通じて直接相談することを支援していきます》とサイトで公表した(2)。
中でも興味深いのは【図2―4】だ。孤独感が「しばしばある・常にある」と回答した人だけの割合を見ると、最も高いのは西欧で8・3%、最も低いのは南米で5・5%だった。もしかしたら、日本語がある程度使える日系社会が存在して、日本文化イベントなどもあり、日本食材も豊富な南米の社会環境が孤独感を和らげる役割をしているのかもしれない。
「外務省の皆様へ」と投稿するユーチューバーも
これに対し、在外邦人向けのユーチューブch《週末海外ノマド「ダイスケ」》では、3日付動画《【速報】外務省が初調査、海外の日本人「孤独を感じる」45%、これは国内より高い数字》(3)で早々にこの調査結果を報じると、231件もコメントがついた。
その反響は通常の2~3倍もあったために、次の7日付動画「海外在住者のリアル=〝生の声〟。「孤独を感じる」45%の裏側を報告します」(4)でも第2弾として続報している。
二つの動画のコメント欄を見てみると《オランダの社会では高齢者や社会の少数派の孤立についてよく取り上げられています。ようやく日本の外務省も動いたか、と評価しています》と感謝する声も。
さらに《日本国内より5・6%高いだけ、だから「海外が」って騒ぐほどの数字ではない。逆に仕事で行きたくない国に赴任中、言葉の問題などの事情もあるだろうからこの数字は高くはないでしょ、と思う。そもそも「孤独」を〝良くないこと〟と勘違いしている人も多い。あと、コメントでびっくりしたのは外務省は冷たいみたいな意見が、いったい外務省に何を求めているのでしょう?》という冷静な見方も。
本来、この種の調査は移住者を中心とした「永住者」と、駐在員や留学生などの「長期滞在者」を区別しないと、心構えの点でまったく異なると思う。別の調査「海外在留邦人数調査統計」では分けられているが、今回は区別がない。
永住者の大半は自分で選んでその国に住んでいるので、もともとネガティブな事態に心構えができている。だが駐在員やその家族のように自ら望んだ訳でもないのに外国に赴任した場合は、置かれた環境に納得するまでにストレスを感じることも多いだろうと推測される。そんな大変な状況の割には「孤独」が少ないという意見であり、納得できる。
「孤独=自由」「回答は全体を代表しない」の声も
だが、それ以上に違和感を受けている反応もたくさんあった。例えば《「孤独」はいいんですよ。考え方を変えると究極の自由を得ているわけですから。しがらみも、誰かのために使う時間も考えなくていい。気持ちを切り替えれば乗り切れるし、充実した生活に変えていくこともできるかもしれません。問題は「孤立」。「孤立」した状況に立たされると、今度は「不安」が増大します。この不安と戦うのがストレスでキツイ。抱えている問題が、たくさんあろうものなら「ああ、一人で解決しなきゃいけないんだ」と、孤立感が強調されてしまいます。
外務省もこんな調査する手間暇あったら、「外国籍取ったら日本国籍剥奪」をはじめとして、海外に住む日本人に立ちはだかる不安材料を具体的に調査して、取り除く方向に行ってほしいです。日本の政策が海外在住者に孤立感を持たせるようなこともあることに気付いてほしい》
特に後半に同感だ。
《まず孤独を感じてない人はこういうアンケート答えないですよ。仕事も人生も充実していますし… この統計、多分母数が間違っているのでは?》にも膝を打った。
在留届を提出している邦人に対し、外務本省から領事メールの形式で調査票を送付し、オンライン上で回答を回収したそうだ。そもそも80歳以上の本紙印刷版読者の多くはインターネットもセルラーもやらない。おそらく在留届を出していない人もかなりいるだろうし、連絡手段がメールであればその時点で対象から外れてしまう。
「調査の対象者」は誰なのかと思い、報告書を見てみると、《(1)調査の対象:海外に在留している日本国民/(2)海外在留邦人数:約130万人(令和5年10月1日現在)とある。つまり、ネットをやらない永住者や移民も入っている。在留届を提出している在留邦人に外務省からメールを送り、回答があった5万5420件から集計したものだという。うち5年以上の在住者が54・6%なのでこの人たちが永住者の可能性が高い。何人が在留届をだしているのか知らないが、この時点で日本国政府に何らかのサービスを求めている人、日本国政府とのつながりを保ち続けたい人に限定されている。だから「在留邦人全体を代表する声」とは言い難い。
次のようなコメントもあった。《そもそも在留届を出している人たちの多くは帰国組であり、永住する意思はない。だから最初から現地人と溶け合って生活している訳ではない。このような状況では決して現地の生活に馴染めないだろう、孤独感があって当然。
僕は留学時代から30年米国に居住して帰国したが、逆に米国生活が懐かしく日本では孤独感を感じるには、それだけ米国生活に馴染んでいたから。帰国して何年たっても夢にでてくる世界は米国であり、会話は全て英語だけの世界》
ネットをやらない高齢移民、生活に忙しくてそれどころでもない人、日本政府に今さらサービスを求めていない人もいるが、そういう人は最初から母数に入っていない。前掲コメント《この統計、多分母数が間違っているのでは?》を詳しく解説すれば、そんなことになるのではないか。
30年前に比べれば今の通信環境は夢のように便利
他に興味深いコメントとしては、《既に孤独を感じた過去を乗り越えたのもあるのではないかと思います。私がアメリカに住み始めたのは20代半ばでしたが、当時はインターネットもなく今のようにネットで近くに住んでいる日本人と繋がるなんてことはない時代でした。
日本への国際電話は大変高額で頻繁にできないし、英語もあまりできずに現地の友人ができても込み入った話もできないし、1人で部屋にいると孤独に押し潰されそうでした。寂しくて泣いたことも一度や二度ではなかったです。そのような時があったので、離婚後一人になってもネットがあって日本の家族や友人と簡単に連絡ができたり、こちらの友人と出掛けたりした事もあって、昔のような孤独を感じる事はなかったです。
あと老い先短いと思うと「あれも食べたい」「あそこにも行っておきたい」とやりたい事をやっとかないと悔いが残るので孤独感じてる暇ないかも》
これを読んで、コラム子がブラジルに来た1992年、国際電話するのにホテルのフロントで電話を借りて、1分間で100ドルくらいかかった記憶がある。当然、滅多にできなかった。インターネット以前だからラインもワッツアップどころかメールもなく、日本の家族に連絡といえば片道1カ月半から2カ月もかかる郵便だけだったのを思い出した。
でも最初からその覚悟で来ており、「孤独」は想定範囲内だった。だからこそ、現在のワッツアップを使ってタダ同然で日本の人と会話できる状況、NHK国際放送もあり、日本の映画やテレビ番組までリアルタイムで見られる現状は、それだけで夢のようだ。
日本国住民である外国人のメンタルケアは?
コラム子的には在外邦人は自己責任、もしくは会社のサポートを得て渡航している人が大半なので、外務省に心配してもらう必要はさほどない気がする。
外務省サイトには日本国内の5NPO団体のリンクが張られ、《人には言えない悩みや不安で苦しんでいませんか? 悩みをおもちの方々はご利用ください》と書かれているが、さて、日本のNPOにどこまで各国ごとに事情が異なる文化や風習や考え方の違い、カルチャーショックやホームシック等を親身になって相談に乗ってもらい、理解してもらえるのか―と少々不安になる。
むしろ、日本政府がもっと気を掛けるべきなのは国内在住の永住外国人のメンタルケアではないか。彼らは「日本国籍者=日本国民」ではないかもしれないが、永住ビザを持っている以上は本来「税金を払っている日本国住民」ではあるはずだ。
在日ブラジル人問題に詳しい心理専門家の中川郷子さん(67歳、東京都出身)に尋ねると、「ブラジル人はすごい寂しがり屋さん。パンデミックの悪影響を調べた3年前の調査ではブラジル人の50%が『頻繁に孤独を感じる』と答え、世界一になりましたが、日本はわずか16%で28カ国中27番でした。それもあって、日本で精神的なストレスを抱えているブラジル人は多い。日本にいても、どこに、誰に助けを求めていいか分からない人は多い。たとえ相談しても、うまく伝えられないことも多い。同じ言葉を使う人と一緒にいても仲良くなれないことがあるのに、言葉も文化も違うところに住んでいたらもっと難しいのは当然のこと」とサラッとコメントした。
厚生労働省傘下の独立行政法人福祉医療機構の助成を受けて、東京の在日ブラジル人を支援する会(NPO SABJA)がブラジルから中川さんら3人の心理専門家を招聘して9カ月間にわたって実施した在日ブラジル人を対象とした心理カウンセリング提供事業の報告書の結語には、次のような言葉があった。
《多くの相談で、多種の専門家チームでネットワーク構築の必要性が示された。多くの相談者は多種の医療専門家、ソーシャルワーカー、理学療法士、言語療法士、弁護士、地域のNPOに紹介する必要性があった。従って、このように広範囲でブラジルの専門家を準備することは事実上不可能でしょう。そのため、このプログラムに携わっている心理学者が、心理療法の理論と知識の実施に限らず、そして、受け入れ社会との繋がりを持たないまま活動せず、日本の専門家との対話を持ち、一緒に、新しい活動の提案を探ることが適当と考えられる。おそらく、このような措置は、両国の専門家にとって成長をもたらすと思われる》
つまり、外務省が本気で在留邦人の心理カウンセリングをするなら、日本と現地国の両側の専門家が協力体制を作る必要があるのではないか。と同時に、その仕組みを在日外国人に対しても機能するようにすれば一石二鳥では。(深)
(1)https://www.anzen.mofa.go.jp/anzen_info/kodokukoritsu.html
(2)https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_009089.html