小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=16

 歩くほどもなく、すぐに今日の仕事場に着いた。五千本のコーヒー樹が車道で区切られて一単位の畑になっている。そのはしに並び、一家族当り二畝か三畝を受け持ち一斉に実の採集を始めるのだった。
 監督は日本人たちに仕事の手順を説明した。まず、木の廻りに布を敷くそれから、枝に連珠のようについている実をこき落すのだ。木が痛むので決して枝を叩いて実を落してはならない。落した実をフルイにかけて砂や葉を除き、袋に詰めて車道にかつぎ出す。高い枝、低い枝、フルイと受持ちを分担する方が能率が上る。高い枝は三脚に乗って仕事をする。車道に出したコーヒーの実は、監督の目前でコロノ番号が付いた五十リットル入りの袋に桝で計って詰め直す。監督はそれを帳簿に記入して、乾燥所行きの馬車が運んで行く。
 コーヒーを摘む場合、枝に摘み残しがあったり木の根に実が転がっていたら監督に呼び戻されてやり直しを命じられるから、手を抜いた仕事をしたら反って時間の損になる。コーヒー園では一粒のコーヒーも大切にする。
 定められた畝が終ったら、次の、人が入っていない畝に移る。どの畝に入るかは監督の指示に従う。自分勝手に入ってはいけない。
 採取畑のコロノの収入はコーヒーの実の採取量の歩合だけだ。これが唯一無二の収入である。人々は監督の説明を通訳する運平の声に、一生懸命に耳を傾けた。運平も監督が言う事を全て理解できた訳ではなかったが、移民収容所にいるときに先輩の鈴木貞次郎に何度もコーヒー園労働の話を聞いていたから、大体の通訳はできた。
「分ったか!」
 運平は叫んだ。
 人々は頷いた。フルイの使い方を除いたら単純な仕事で、すぐ覚えられそうだった。
 しかし、フルイの使い方はむずかしそうだった。集めたコーヒーの実には砂や小石と共に小枝や枯葉も混っている。フィルを振って砂や土を落すやいなや、サッと斜め後方に内容物を投げ上げる。風が巻き起って、枯葉や小枝は空中に散乱し、重いコーヒーの実だけがツグミの群れのように一団となって、空中を一転し後方に落ちかかる。左足を引いて腰をひねりながらフルイに実を受ける監看が要領を説明しながら実演すると、コーヒーの実はまるで小鳥の群れのように紺青の空を高く叢(むらが)って飛び交り、巣に戻るようにフルイにピタリと収まった。いかにも鮮やかだった。見守っている人々から嘆声が挙った彼が二度振っただけでフルイの中の埃の集積は消え失せて、ピカピカ光る茶褐色のコーヒーの丸い実だけになるのだった。

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