一応の要領を見届けてから、人々は家族毎に定められた畝に散っていった。樹が茂っているから見通しは利かないが、どの畝にも人が入っていた。すでに仕事を始めているイタリヤ人やスペイン人やポルトガル人の娘たちは、コーヒーの実を摘みながらひっきりなしに唄っていた。彼女たちは澄んだ声をしていた。牧歌的な雰囲気と気ぜわしい活気がみなぎっていた。
「おれたちも唄うか」
誰かが意気込んでラッパ節を唄いだした。しかし、ラッパ節は酒を飲んで唄うにはいいが、ここではピッタリしなかった。
唄いやめると「カンタ・ジャポン」(歌え、ニッポン)とどこからか声が掛ったが、何を言われているのか分らなかった。
コーヒーの実をもいだ最初の印象は、手が冷たいということだった。冬の、朝露にぬれた枝をこいでいると、手が濡れ、すぐ感覚がなくなった。葉に触れる服もぐっしょりと濡れた。歯が鳴るほど寒かった。
やがて朝日が射した。気温が上昇した。紺青の澄み切った空が輝いていた。コーヒー栽培地帯の冬の乾燥して晴れ渡った空の美しさは独特だった。赤っぽい土とコーヒーの濃い緑と紺青の空と……この三つだけで風景が成り立っていて、視線に当ってカンカンと音がしそうなはど澄み切って、どんな遠くのものまでも手にとるようにクッキリ見えた。
《これが金の成る木か》
人々は夢中になって、その実をこき落した。六月の終りで採取期も盛りを過ぎていたから、実は固くしぼみ、枯葉も多かった。すぐに、ヤスリをかけたように掌がカサカサになり、あちこちを枯枝で突ついて血が
流れた。
コンモリと茂ったコーヒーの樹に首を突っ込んで無我夢中で枝に連なった丸い実をこく。
馴れない人々がやっと数本のコーヒーの実をもいだとき、監督が吹く角笛が鳴った。
ブォー、ブォー。
不安定なつかみどころのない音色でありながら意外と遠くまで響く。いつの間にか九時になっていた。
「メシだ!メシだ!」
運平は怒鳴って歩いた。まだ疲れるほどの仕事はしていないが、暗いうちから起きていたので腹が減っていた。
「休みは一時間だ。また角笛が鳴ったら仕事始めだ」
家族毎にかたまって畝の間に坐っている人々に運平はそう告げて歩いた。
「通訳さん。一緒に食べませんか」
声をかけられて、
「おう」
気楽に応えて、運平はそこに坐り込んだ。