声をかけたのは牧之段愛熊という、二十一才の若者だった。彼の向う側に十九才の妻のツタと、妻の弟の十四になる次太郎が坐っていた。三人だけの小さな家族だった。
運平は腰の包みを拡げた。泊っている監督の細君がつくってくれたサンドイッチだった。
「どうだ、食わんか」
彼はパンを出した。
「ええ」
愛熊は一つとった。
「あんたもどうだ」
ツタにすすめると、幼ない面影を残したツタは、
「パンはうまいが、ビンツケ油みたいの付けてるのが好かん」
と首を振った゚
「ああ、これはバターといって、牛乳からとった栄養のあるものだ。早くこういうものに馴れんといかんよ」
運平は坐りながらサンドイッチを頬張った。
彼等は売店で買った米を炊いて持って来ていた。干ダラを焼いた一片を飯にのせて、コロッテ(樽)の冷水をかけて旨そうに掻き込んでいた。干ダラはポルトガル移民の大好物で、厚い身を水でもどしてジャガイモとトマトと共にオリーブ油で煮るのだった。
「どうだ、仕事は」
パサパサのパンを水で流し込みながら訊ねると、
「三人でまだ袋に半分もいかないです」
牧之段は不安そうな目をした。
一日に一人で四~五袋とれる、というのが日本で聞かされた話だった。
「仕事に馴れないから、まだよけいは採れんだろうが、それにしても少ないようです」
「そうか……」
運平は頷いた。
移民会社の宣伝ほどコーヒーの実は成っていないらしい、と彼も気付いていた。やっかいなことになりそうだと思った。
「どうですか、通訳さんごほんを一杯」
「うん」
彼は飯に干ダラをのせた椀をツタから受けとった。ツタは椀を渡しながらチラと運平を見た。その日に娘たちが「通訳さん」を見る憧れの色が含まれていた。未婚の女の視線だった。
牧之段愛熊とツタは名目上の夫婦にすぎなかった。労働力のある家族でないと移民を認められないので、大半の人々が名目上の妻や弟や子を連れて来ていた。