小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=19

日本人は一妻多夫制かと思われたほど不自然な構成の家族すらあって、運平の目の前にいる二十一才の男と十九才の女も、名目上は夫婦でありながら、実際は赤の他人だった同じ村の顔見知りにすぎない。二人の間に男と女の交りがないことは、運平にすら分った。姉と弟の横に、同じ村の若い衆が一人、間が悪そうに笑っているのだった。
「あんたたちも、加世田村だね」
 そのバツの悪さに気付かぬように、運平は言った。
「ええ」
 とツタが代って返事した。
 この農園には十八家族の鹿児島県人と三家族の新潟県人が来ているが、鹿児島県人の大半は川辺郡の出身で、中でも加世田村が多かった。
 十九才のツタと十四才の次太郎がはるばるブラジルに来たのも、顔みしりが多いし、従兄の川床栄吉一家も一緒だったからだ。その栄吉一家も寄せ集めで、次太郎と同年で遊び仲間の太吉も川床一家の一人として来ている。どの家族構成も働き手だけで、子供や老人はいなかった。
「旨かった」
 めしを食い終って、椀を返しながら運平はツタに礼を言って立ち上った。牧之段は「へえ」と言いながら、頭を下げた。
 十九の娘とこれからの毎晩を一つ屋根の下に寝る男の不幸を、運平はチラと考えた。名目上は夫婦でありながら二人の間に夫婦らしさはまったく生じていなかった。
 法律上のサインなど、人間の感情には無力らしかった。
 男はその気になっているらしいのだが、女にまったく〈その気〉がないのが見てとれた。ツタは自衛上、多分、次太郎と一緒に寝ているにちがいない。
 よく観察すると、牧之段たちだけでなく、それぞれの家族がやっかいな問題をなにかしら抱えているようだった。金を儲けて良い暮らしを故郷で送れるように、その目的のために無理に無理を重ねた人ばかりだった。金さえ手に入れば雲散霧消する、貧しい庶民たちの小さな、しかし深刻な問題が蝿のように人々にたかっていた。

 ……これで、コーヒーが儲からないとハッキリしたら大変なことだ、と彼は考えながらボンヤリ歩きだした。
 すぐ一時間が経った。角笛が鳴り、人々は再び熱心に働きだした。冬とはいえ快晴のコーヒー園は暑かった。
 見回る運平もたちまち汗と埃にまみれ、目だけがギョロギョロ光っていた。
 二時にお茶の角笛が鳴った。三十分の休み。そして、六時の日没と共に終業の角笛が鳴った。馴れない仕事を夢中でやったので人々は疲れ切っていた。それ以上に、余りに少ししか実が摘めなかったので呆然としていた。

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