恩赦委員会の正式謝罪を祝う=日系社会全体の慶祝行事として=沖縄県人会で180人が祝賀会

祝賀会での乾杯の様子

 ブラジル沖縄県人会(高良律正会長)は9日、7月25日とブラジリアの人権市民省講堂で行われた同省恩赦委員会による、第二次世界大戦下での日本移民迫害に対する連邦政府謝罪を記念した祝賀会をサンパウロ市の同県人会本部で行った。恩赦委員会審議に出席した約90人を始め、日系代表5団体や日本政府関係者が出席。総勢180人以上で祝った。沖縄県人会と奥原マリオさんの起こした謝罪要請活動を日系社会全体で祝い、公認した形になった。

 当日は在サンパウロ日本国総領事館清水享総領事やブラジル日本文化福祉協会山下譲二評議員会会長、ブラジル日本都道府県人会連合会(県連)谷口ジョゼ会長、サンパウロ日伯援護協会税田パウロ清七会長、日伯文化連盟の吉田エドアルド理事長、ブラジル日本商工会議所役員の破入マルコスさん、野村アウレリオサンパウロ市議ら多くの日系関係者が駆けつけた。
 はじめに、経緯を紹介するビデオが上映され、恩赦委員会当日を振り返った。その後、日伯両国歌斉唱と先没者への黙祷が行われた。
 冒頭挨拶を行った高良会長はアンシエッタ島で起きた悲劇について語り、恩赦委員会に片道15時間以上かけてバスで同行した人や現地から参加した人、今回の祝賀会参加者らに感謝を述べた。
 清水総領事は「恩赦委員会が謝罪したことは、その請求者や団体にとって満足のいく、望まれた結果となりました。日系人は先祖から受け継いだ伝統や価値を継承し、ブラジルの国家建設に大きな貢献をされ、それにふさわしい敬意を勝ち取りました。ブラジル社会から連帯の気持ちを持たれ、それが2国間関係の基礎となり、更なる発展が望まれています」と祝福の言葉を述べた。

文協を代表して挨拶する山下譲二評議員会長

 石川レナト文協会長の代わりに出席した山下文協評議委員会会長は「この歴史的な出来事を祝う会に招待を頂き感謝します。恩赦委員会が戦争中に日本移民に対して深刻な人権侵害があったことを認めて正式に謝罪したことを、コミュニティを代表して祝福したい。この目覚ましい結果を勝ち取った奥原マリオさんと沖縄県人会に感謝する。80年以上前に起きたことと同じことが、今ウクライナやガザ地区、ベネズエラで起こっている。温故知新、なぜこのような悲劇が繰り返されるのかをこの機会に振り返り、我々にとっての歴史的な日を噛みしめたい」と語った。
 沖縄県人会と共に恩赦委員会に参加した谷口県連会長は、2017年に和歌山県庁慶祝団が来伯した際に、サントスを案内し、強制退去者リストを見せてもらったことを振り返った。サントス強制退去事件の被害者であり、戦後、サントス日本人会を復活させた初代会長の中井茂次郎氏は和歌山県出身であることに触れ、「私は恩赦委員会に県連会長として出席した。無実の勝ち組がアンシェッタ島に抑留された件では、私はツッパン生まれなので、周りに関係者がたくさんおり、他人ごとではなかった。サントス事件被害者の6割は沖縄系移民だが、4割は他県出身者です。日系人全員で今回の謝罪を祝しましょう」と話した。
 野村市議は「私たち先祖の苦しみをブラジル政府が認めたのは沖縄県人会の皆さんのお蔭」と話し、高良会長、島袋栄喜ブラジル沖縄県人会元会長、宮城あきらブラジル沖縄県人移民研究塾編集長、グローボ女優ブルーナ・アイソ氏、恩赦委員会で強制退去の子孫として証言した比嘉玉城アナマリア氏に名誉を称えるプレートを贈った。

当日顕彰された謝罪請求委員会の5人

 沖縄県人会からも島袋元会長、宮城編集長、上原定雄ミウトン前会長、アナマリア氏、ブルーナ氏に記念プレートを渡した。
 宮城編集長は「恩赦委員会当日のことを思い出すと今でも胸が高鳴る」と振り返り、エネア・アルメイダ委員長から言われた「埋もれた歴史を掘り起こしてくれたことに感謝する」という言葉を胸に引き続き頑張っていきたいと語った。
 最後に宮坂国人財団の西尾ロベルト理事長は「祖父母をはじめ家族が戦時中にトメアスー(パラー州)にいました。祖母が日本語を話したことで収容所に入って苦しかったと話していました」との話を開陳し、乾杯の音頭をとった。その後、今回の恩赦委員会にも出席した宮村秀光さんが代表を務める全伯吟剣詩舞連合会の椿治子さんや河村淳さんがトメアスーから特別に参加して、見事な剣舞や書道などを披露し、式典は幕を閉じた。

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