小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=24

「どうしたのですか! 上塚さん」
 部屋にヨロヨロと入って来た周平を見て、思わず大声をだして運平は腰を浮かした。監督の家の一室を借りた仮住いである。
「酒はないか」
 周平は言った。
 サトウキビから蒸溜した強いピンガを出すと、
「うん……」
 とうなずいて、コップに並々と注ぐと、苦しそうに一息に飲み干した。
「どうしたんですか」
 運平は呆然として、そんな周平を見た。
「ここはどうだね。……皆働いているか」
 二杯目のピンガを注ぎながら、低い声で周平は訊ねた。
 大体がボソボソした話し方をする人だが、今日は特にひどかった。目を伏せてコップにものを言っているようである。
「何とか働いていますが大分不平があるようです。毎日集まっては家長会議をやっています。ここの契約を破棄して、もっと有利な処へ行きたがっている。ブラジルよりアルゼンチンの方がいい、という噂も飛んで動揺しています」
「やはりそうかい」
 周平は一層背を丸めて淋しそうに頷いた。
「ほかはどうです?」
 運平も自分のコップにピンガを注ぎながら訊ねた。
「総崩れだ」
 周平はうめいて顔を挙げると、うったえるように言った。
「どこもかしこも暴動だ。この一カ月、わしは土に頭をなすりつけて、いきり立つ移民たちをなだめ説得しようと歩いた。……いいか、平野くん。わしはツバを吐きかけられ土下座をして謝って廻ったんだぞ」
 周平の目からドッと涙が溢れた。
「それは酷い」
 運平は眉をひそめた。
「でも、上塚さんがそれほどまでにしなくても……」
「いや、非は会社側にある。コーヒー園の実状調査が不完全だった」と答えて周平はうつむいた。
「上塚さん、あなただって出航間際に採用されたんでしょう。会社が日本でした誇大宜伝の責任はないでしょう」
「いや、わしは会社側の人間です。責任を回避しようとは思わない」
 周平は言った。
「……」
 運平は黙ってうなずいた。

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