第十五回全伯俳句大会

参加者全員で記念写真

【席題部門】

◆伊那 宏選
《特選》
老い行けば死もまた身近陽炎える
サンパウロ 小斎棹子
(句評)
 人は誰でも死ぬ――当たり前の話ながら、人はまた誰でも今すぐ死ぬとは考えていない。この句はそうお考えになっている人の句で、死を恐れているのではなく、死を身近なものと思いつつ余裕をもってかまえておられる。季語「陽炎える」が句の雰囲気を実にうまくとらえていて一句をゆるぎないものにされたのはベテランの技。

《秀作》
温かし遺伝子しかと孫の鼻
グァタパラ 近藤佐代子
忘れしこと忘れざること朧かな
サンパウロ 小斎棹子
明日あるや一日一生老の春
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
この国に我が駅ありて暖かし
サンパウロ 小斎棹子
春祭日本文化の太鼓の音
サンパウロ 石井かず枝
駅までのよもやま話春浅し
サンパウロ 宮 信之
出稼ぎを出迎う駅や春日傘
サンパウロ 吉田しのぶ
語り部の被爆四世終戦日
リベロン・ピーレス 中馬和子
耕した父の夢今子が果たす
リベロン・ピーレス 山城みどり

◆小斎棹子選
《特選》
出稼ぎを出迎ふ駅や春日傘
サンパウロ 吉田しのぶ
(句評)
 言うまでもなく春日傘は女性のもの。明るく華やかな色彩をもち、その華やぎの傘の持ち手をしっかりと握って、出稼ぎから帰国しタラップを降りてくる人を待っていると詠っているのです。別れてからの互いに知らない月日を語り合うときめきと緊張を秘めた見事な寸景です。楽しい作品でした。
《秀作》
原爆忌平和の歌に涙かな
サンパウロ 田中美智子
古里の無人駅にも桜さき
サンパウロ 谷岡よう子
春うらら息子待つ駅夫と着く
サンパウロ 石井かずえ
一と駅をゆづられし席あたたかし
サンパウロ 児玉和代
父の日や墓に入りて認められ
サンパウロ 広瀬芳山
駅までのよもやま話春浅し
サンパウロ 宮 信之
風光るルス駅移民出発点
サンパウロ 大野一歩
たんぽぽや試し歩きが花をつみ
ジャカレイー 三好信子
新入りの駅員制服春浅し
サンパウロ 大野一歩

◆吉田しのぶ選
《特選》
発車ベル出逢いと別れ春の駅
サンパウロ 大野一歩
(句評)
 発車ベルが鳴る駅での別れ、又の再会を約して別れたあの時が最後になったな、あの駅で出逢ったのが始まりで今の交流があるなどと駅は一つの人生模様である。出逢いと別れが春の駅にふさわしい。
《秀作》
女総理出るか祖国の春嵐
サンパウロ 西森ゆりえ
老いぬれば句心の畑耕さん
サンパウロ 児玉和代
大和心詠み継ぐ句座や春うらら
サンパウロ 林 とみ代
老い行けば死も又身近陽炎へる
サンパウロ 小斉棹子
耕した父の夢今子が果たす
リベロン・ピーレス 山城みどり
余生てふ尊き命桜散る
サンパウロ 林 とみ代
語り部の被爆四世終戦忌
リベロン・ピーレス 中馬和子
生きるとは命の讃歌新樹光
アルミニオ 伊那 宏
一と駅をゆづられし席あたたかし
サンパウロ 児玉和代

◆席題総合得点◆
一位 小斎棹子 十六点
二位 中馬和子 十六点
三位 大野一歩 十一点
四位 児玉和代  九点
五位 浅海喜世子 九点

【兼題部門】

◆伊那宏選
《特選》
偲ぶ事偲ぶ人あり移民の日
サルト・デ・ピラポーラ 百合由美子
(句評)
 人は誰でも忘れ得ぬ人や、忘れられない事々を異郷での暮しの中で胸に抱いて生きている。多くの人たちとの関わりなくして今日の自分はあり得ない。諸々の感慨が「移民の日」なればこそ甦って来るのである。

《秀作》
焚火せる移民の子等は和語知らず
モジ・ダス・クルーゼス 村上士朗
三歳の幼な移民も今日白寿
サンパウロ 山田かおる
あたたかき人ほど遠し冬桜
ポンペイア 岩本洋子
手作の豆腐蒟蒻おでん鍋
セザリオ・ランジェ 井上仁恵
枯芝の続く公園裸婦の像
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
繰り返す人災天災山眠る
グァタパラ 近藤佐代子
つぎはぎのかすりのズボン移民の日
サンパウロ 山本郁香
痩せこけてアマゾン大河減水期
ベレン 岩永節子
初時雨恵みの雨でありしかな
ソロカバ 前田昌弘

◆串間いつえ選
《特選》
寒の雨椅子に正座のテレビ前
イヴォチ 鈴木静江
(句評)
 正座する習慣のない国に長年住んでいると、自然にできなくなる。作者は正座できる人。もちろん膝の痛みもない。椅子の上に正座とは面白い。その様子がわかる。羨ましい限りである。

《秀作》
消えてゆく日本文化や移民の日
サンパウロ 西谷律子
冬の灯や学びは永久にホ句の道
モンテ・アレグレ 大槻京子
色形異なる落ち葉の又楽し
ベレン 岩永節子
移民の日日語話すは希となり
スザノ 畠山てるえ
落葉散る軽さ命の重さかな
サルト・デ・ピラポーラ 百合由美子
町に名を残した人も移民の日
サンパウロ 西谷律子
大方の一世逝きて移民祭
サンパウロ 林 とみ代
少しずつ抜かれ減りゆく木藷畑
モジ・ダス・クルーゼス 村上士朗
移住せし頃の布団の重き事
モジ・ダス・クルーゼス 檀 雅子

◆久保一光選
《特選》
ウチナーグチ(言葉)話すバス旅冬ぬくし
リベロン・ピーレス 山城みどり
(句評)
 旅が盛んです。老若男女問わず旅行は現代社会の大事な行事なのではないでしょうか。でも熟年同士の旅行はゆっくりのんびり、和気藹々楽しい限りです。故郷の言葉で盛り上がり、人のぬくもりを感じ、気候まで協力気味。

《秀作》
五十年豆打ち離れ胼胝(たこ)無き手
スザノ 畠山てるえ
母の日や涙もろさは母ゆずり
ヴァルジーニャ 宿利嵐舟
短日や説明早いガイドさん
ヴィトーリア 大内和美
電線におしゃべりオーム街小春
ソロカバ 住谷ひさお
人知れず寒さ恋しい南緯2度
アカラー 伊藤えい子
準二世の里は移住地木藷餅
スザノ 畠山てるえ
咳込みぬ妹の背の薄さかな
サンパウロ 丸岡すみ子
八十の婆の歩みや小夜時雨
ソロカバ 前田昌弘
染み渡る老いし六腑や新ピンガ
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也

◆小斎棹子選
《特選》
寒桜一世育てし並木かな
スザノ 畠山てるえ
(句評)
 的確な写生を踏まえ、桜並木を育てて旅立って行かれた老移民の方々を偲び、しみじみと詠った一句です。ゆっくりと満開の桜並木を歩みながら移民達の故郷を偲んだ月日に思いを馳せて、優にやさしく詠い上げました。

《秀作》
ふるさとの写真の雪に触れてみる
マナウス 來島愛夏
あたたかき人ほど遠し冬桜
ポンペイア 岩本洋子
落葉踏む歩く喜こび明日もあれ
サンパウロ 太田映子
父越えし母の道のり冬に入る
リベロン・ピーレス 西川あけみ
お別れはあっけないもの寒夕焼け
サンパウロ 西谷律子
キリスト像リオの山山眠らせて
サンパウロ 山田かおる
移民村唯一残れる養鶏場
マナウス 橋本美代子
養国に寒月ながめ半世紀
サンパウロ 照屋美代子
一世の友を宝に木の葉髪
モンテ・アレグレ 大槻京子

◆児玉和代選
《特選》
冬の蝶それでも生きる移民妻
モンテ・アレグレ 大槻京子
(句評)
 具体的に表現されていない「それでも」の中の諸々の思い。蝶の厳しい冬。移民妻の故郷を離れ過ぎ来し方の辛苦の数々を背負った日々。それでも人も蝶も生きなければならない。万感の思いを十七文字に凝縮した佳作です。

《秀作》
冬木の芽新たな命待つ明日
サンパウロ 太田映子
冬港移民の一歩刻みけり
サンパウロ 林 とみ代
あたたかき人ほど遠し冬桜
ポンペイア 岩本洋子
人生に老いの勲章冬うらら
サンパウロ 平間浩二
お別れはあっけないもの寒夕焼け
サンパウロ 西谷律子
諸々の移民史の沁む榾を燃す
サンミゲル・アルカンジョ 織田まゆみ
恐い程輝く空の霜の朝
グァイーラ 影山 孝
移住せし頃の布団の重き事
モジ・ダス・クルーゼス 檀雅子
混血を残すアマゾン冬の月
パラゴミナス 竹下澄子

◆白石佳和選
《特選》
先輩の紡ぐ言葉や冬の句座
サンパウロ 山本郁香
(句評)
 昔話や生活の知恵、念腹先生などの俳句の先達の話など、先輩の紡ぐ言葉の豊かさに耳をすませている様子が浮かびます。寒い冬も句座の温かさが心に沁みます。このような営みがブラジルでの俳句文化・日本語の発展継承につながるものと信じています。

《秀作》
ふるさとの写真の雪に触れてみる
マナウス 來島愛夏
冬ぬくし広場に響く「まあだだよ」
サンパウロ 大野一歩
冬と言へど片陰たよる散歩かな
ソロカバ 住谷ひさお
勉強会抱擁で初まる冬の朝
サンパウロ 山本郁香
一粒の麦に擬え移民の日
マナウス 橋本美代子
人知れず寒さ恋しい南緯2度
アカラー 伊藤えい子
卒寿とて怠けて居れぬホ句の冬
サンパウロ 林 とみ代
ひろ子逝く老う句友(とも)置いて冬そうび
サンパウロ 山田かおる
移住せし頃の布団の重き事
モジ・ダス・クルーゼス 檀 雅子

◆馬場園かね選
《特選》
移住地に大和の色の冬桜
サンミゲル・アルカンジョ 織田まゆみ
(句評)
 移住地に大和の色という言葉でつづり、なつかしさ親しみのある詠み方をされ、平凡ながら非凡である。

《秀作》
三歳の幼な移民も今日白寿
サンパウロ 山田かおる
新参の移民の嗚咽冬の月
モンテ・アレグレ 大槻京子
寒桜一世育てし並木かな
スザノ 畠山てるえ
落葉踏む歩く喜こび明日もあれ
サンパウロ 太田映子
水害の街に寒波の非情かな
サンパウロ 丸岡すみ子
冬温し和顔愛語をモットウに
ポンペイア 須賀吐句志
先輩の紡ぐ言葉や冬の句座
サンパウロ 山本郁香
平凡な今日に感謝や冬の風
ポンペイア 岩本洋子
老いたれば老いを味わう冬の月
グァタパラ 脇山千寿子

◆広瀬芳山選
《特選》
母の日や子等の倖せ我が倖せ
サンパウロ 西谷律子
(句評)
 とてもシンプルな表現で母の日の大きな意義を伝えました。母の日は子が母に感謝の気持ちを伝える日でありますが同時に母が子に会える日でもあります。この句には大きな母の愛が素直に込められています。

《秀作》
イッペー花天花の如し桃白黄
ベレン 諸富香代子
ふるさとの写真の雪に触れてみる
マナウス 來島愛夏
偲ぶ事偲ぶ人あり移民の日
サルト・デ・ピラポーラ 百合由美子
母の日や涙もろさは母ゆずり
ヴァルジーニャ 宿利嵐舟
長々と友の愚痴聞く新ピンガ
モジ・ダス・クルーゼス 浅海護也
句友老い訪うあてもなくひとり酌む
サンパウロ 野沢 亮
日本文字美くし墓標寒の菊
リベロン・ピーレス 西川あけみ
聖体祭信徒のまごころ花絨毯
ヴィトーリア 藤井美智子
冬将軍お供の雨と南より
サンパウロ 坂上美代栄

◆吉田しのぶ選
《特選》
移民の日念腹俳句置き土産
モジ・ダス・クルーゼス 浅海喜世子
(句評)
 念腹師逝きて四十余年になるが、コロニア俳句の元祖とも言われている師は、恩師虚子の伝統俳句「花鳥諷詠客観写生」をコロニアに広めた。念腹無くしてコロニア俳句はなかったであろう。正に念腹師の置き土産である。

《秀作》
三歳の幼な移民も今日白寿
サンパウロ 山田かおる
晩学や挑むパソコン星冴ゆる
パラゴミナス 竹下澄子
消えてゆく日本文化や移民の日
サンパウロ 西谷律子
寒椿余生ひたすら趣味に生き
ポンペイア 須賀吐句志
鍬胼胝の今尚消えぬ鰯焼く
サルト・デ・ピラポーラ 百合由美子
淀みなき尼僧の読経寒椿
グァタパラ 近藤佐代子
忘却の彼方にかかる冬の虹
ポンペイア 須賀吐句志
ちぎれゆく移民の夢や冬薔薇
モンテ・アレグレ 大槻京子
養国に寒月ながめ半世紀
サンパウロ 照屋美代子

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