小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=26

「ほう」
 と運平は周平を見た。
「支那で露天掘りに馴れた彼等は、地下二千尺の高熱に堪えられなくて、バタバタと倒れた。生き残ったものは逃亡して四散した」
 そこで周平は言葉を切った。
「それで…‥?」
 と運平はうながした。
「それっきりだよ。彼等はこの国に生きながら消えてしまった」
 沈黙があった。
「すると、私たちもそうなる、というのですね」
 暗いイヤな予感があった。
「そうなりたくない。いや、断じてそうしてはならない。ただ一つの方法は、民族として力を合わせて生きるより仕方ない。余計に金が入る、と目の色を変えて、てんでバラバラに四散したら、行手にあるのは闇
だけなんだ」
 周平は吐きすてるように言った。
「闇ですか……」
 運平は頷いたが、
「でも彼等は金儲けに来たんでしょう。一ミル二ミルに目の色変えても仕方ない」
 と言った。
「君までそんなことを言っては困る」
 周平は苦々しい表情をした。
 移民会社の代理人になってブラジルに来るくらいだからこの人も変り者にはちがいないが、やはり帝大法学部出身だ、と運平は思った。理想はいいとして、すぐ民衆を束にして方向づける思考法をする。
「彼等にとって一ミル二ミルは大変な金なんですよ。理想のために死ぬのも人間だけど、一ミルで動くのも人間なんだ」
「それは分る」
「大体、理想を持って来た訳じゃないでしょう」
「理想のない集団が、こんな状況で人間らしく生きられるかい?」
 周平は反問した。真剣な目だった。
「さぁ……」
 運平は詰ったが、
「どうせ僕はスペインへ行くつもりだから」
 と逃げた。
「スペインか……。それもいいだろう。しかし、金はあるのかね」
「いや、二、三年働いて貯めてからの話ですよ」
「しかし、君。移民たちが夜逃げしてしまったら君は当然クビだよ。君も収入の道はないよ。スペインどころか、南米の底辺の闇から出られないんだよ」

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