小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=31

「今晩、言って欲しい。明朝すぐ農場を出るように」
 追いかぶせるように彼は言った。
 強引なやり方だった。そういう方法が時としては効果があることを、サルトリオは長年の経験から知っていた。
 それを、この日本人の若者は対岸の火事からいちはやく学んだらしい。仲々スミに置けない奴だ、という顔を総支配人はした。
「これから、日本人、一生懸命働く。農場は助けて欲しい」
「よし、よし」
 サルトリオは真顔になって、深くうなずいた。
 彼は大工あがりだった。〝日露戦争で大国ロシヤに勝った国民〟という一般ブラジル人の対日認識以上に、日本人の手先の器用さにひどく関心を惹かれていたのだった。他民族の移民だったら、例えば採取出の梯子も二日掛りで危なっかしいものしか作れないのに、日本人たちは現物を一目見ただけでアッという間に本職はだしのものを作った。
 職人としてのサルトリオは、無器用な人間は嫌だった。
 彼自身も大工だけでなく機械の修理もこなすようになり、だんだんとこの農場で重要な地位に上がったのである。
 自分の部下に無器用なのみ込みの悪い人間を三人置くより、のみ込みの早い奴を一人使うほうがずっと能率が挙がる、と思っていた。
 自分が器用な人間は、無器用な人間が営々と積み重ねる仕事の価値を認めてはいても、一緒に仕事するのはまどろこしくて我慢できない。サルトリオが日本人に寄せている人並み以上の関心と好意は、多分に、そんな彼の気質から来ていた。

 その日の夕方、十人ほどの家長代表が運平に連れられて本部の事務所にやって来た。みんな気負いたっている風だったが、事務所に入るとやはり勝手がちがって神妙になった。入口には人相の悪い用心棒が煙草を巻きながら数人たむろしていた。大きなテーブルの向うに総支配人が坐っていた。両側に何人かの監督もいた。
 サルトリオは口を開いた。
「諸君の要求は、ここにいる通訳のヒラノから聞いた。農場側としてはこのような要求に応じる義務はない。なぜなら、我我が諸君と交わした契約は州政府立合いの公正なものであるからだ。農場側はこのような謀議をこらした責任者を追放することにした。以下、私が名を挙げた家族は明朝八時までに、この農場から退出してもらおう」

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