サルトリオは三家族の家長の名を言った。
運平の通訳を聞いて、家長たちは唖然とした。暫くして、やっと我に還ったように口々に懇願しはじめた。
「通訳さん、言ってくれ、それはひどい。わしたちは、こうやってもらいたいと思ったことを、言ってみたまでだ」
サルトリオは表情を変えなかった。
「ノン、この農場のやり方を変えることはできない」
「そんなこと言うても」
「絶対に変えられない」
「……」
気押されて、人々は動転したまま顔を見合わせた。
「それもいいさ!」
突然、西が昂然と言い放った。
「おれは自由になれたんだぞ。アルゼンチンへ行くぞ。……なあ、みんなおれと一緒に来んか!」
無理に笑顔をつくった西に見られると、家長たちは困惑して目を伏せた。
自由になれるのは羨しいが、一方では不安だった。ここから出たくて騒動を起こすつもりだったが、機先を制されると逆になった。出るなといわれる、と出たくなるが追い出されるとなると尻ごみしたくなるのが人情だったアルゼンチンがいいというのも噂だけで、本当かどうかわからない。再び船賃を使って言葉の解らぬ外国を旅するのに二の足を踏むのも当然だった。
もう少し様子をみてからでもいいのではないか、という弱気にとりつかれてしまう。
「どうだ、みんな。ここで一騒ぎすれば全員追放だ。やろうじゃないか。……どうしたんだ。こんな処にいてもウダツが挙がらん、と言ってたじゃないか」
西がアジった。
積極的に応える者はなかった。
「もう帰るように」
機を失さずサルトリオが宣告した。
十人がゾロゾロと外に出ると、暗い径は星だけが異常なまでに輝いていた。九月の半ばにしては暖かい晩だった。そろそろ春が訪れる気配があった。日本で言えば三寒四温の時節だった。追放処分を受けて昂ぶっている人々を囲んで、すっかり出鼻をくじかれて消沈している家長たちが黙りこくって歩いていた。用心棒が送り狼のように距離をおいてついて来るのも無気味だった。
よりよい生活を求めて未知の世界へ飛び出したい誘惑と、何はともあれ今夜の暖かいねぐらだけは確保したい本能が、人人の胸の中で三角波のようにせめぎ合い、ぶつかり合っていた。暗い人影は渺々たる夜の海の漂流物のように、黒々とかたまって動いていった。