運平はクリスマスを利用してサンパウロへ行った。上塚周平に自分が副支配人になったことを告げるためだった。上塚は喜こんでくれるにちがいない。久し振りに、人々の近況を知りたかった。
一日中汽車に遥られてルス駅に降りたつと、車夫が目敏く見付けて、
「おう、ジャポン!」
と呼んで手まねきした。
近付くと、
「乗れ、乗れ」
とすすめる。
言われるままに乗ると手振りで三ミルの金を要求した払うと、行先も聞かず馬車は走りだした。
運平は呆気にとられて遥れていたが、やがて〈なるほど〉と合点がいった。言葉が解らない日本人移民がコーヒー園から逃げだしてくる、サンパウロを目指して来たものの行くあてがないから、終着駅でウロウロしているそんな連中をつかまえて何処かへ運ぶ商売が成立しているらしい。流石は生き馬の目を抜く大都会だ、と彼は感心した。
「どこへ行くんだね」
声をかけると、黒い制服に山高帽の御者は、
「おや、あんたはポルトガル語が喋れるのかい」
と振り向いて驚いたが、
「サンパウロ通り二〇番地だ。そこに日本人の家がある」と答えた。
サンパウロにスーベニル・ショップを開けている仙台の藤崎商店の店員の後藤武夫が家を一軒かりて、移民の合宿所みたいになっている、という噂を聞いたからそこだろうと思った。
「私はそこへ行かない。ロドリゴ・シルバ通り四十番地へ行く。日本の移民会社の支店がそこにある」
と運平は指示した。
「ああ、そこはもう閉めた」
と御者は答えた。
何でも良く知っている奴だ、とビックリしたが出張所を開けたばかりで閉めるのは変だった。腑におちない。
「本当か?」
「閉めたよ」
御者は自信たっぷりに答えた。本当らしい。
「じゃ、ボア・ビスタ通りペンソン・ボアビスタへやってくれ」
と運平は頼んだ。
そこに上塚周平が下宿している筈だった。
流石にそこまでは知らないらしく、御者は黙々と馬首を転じた。