「そうか……。夢のようだ」
何度も満足そうに頷きながら、周平は手を延して運平の手を握った。
「おめでとう」
「上塚さんが一番よろこんでくれると思って」
「よくやってくれた」
運平はサルトリオのことを話した。自分を副支配人にしたのも、もっと日本人に入ってもらいたい希望の表明に外ならない。どんなに周平が力づけられるかと思いながら運平は力を込めて話した。
が、周平の顔は暗くなった。三日月の淡い反射では、伏せられた視線の行方も定かでなかった。
「すると、なにか……。君は日本移民をもっと入れる役目を担わされて、支配人に昇進した、というのか」
「はい」
「そうか……」
周平は唐突な溜息をついた。
「どうしたんですか?」
「切角だが、移民はもう来んよ」
上塚は絶望したように首を振った゚
「どうして?」
「皇国移民会社は破産した」
「えっ」
「移民を送る会杜はもうないんだよ」
「……」
運平の体から力が抜けていった。
「やはり外務省の許可が降りなかった。再開のメドが立たず会社は消滅した」
立ち辣んでいる運平の耳許を薮蚊がうるさく飛びまわっていた。
「ま、中へ入ろう」
周平は彼の肩を抱いていたわるように歩きだした。
地面に転がった汚ない袋を二つ、香山がかついだ。
殺風景な部屋だった。
安物のベッドがいくつか置いてある。木箱や柳行李が積んである。それだけで、家具らしいものはなかった。
二人の青年が床にあぐらをかいて、手仕事をしていた灯火が暗いので二人の手は影をいぢっているように見えた。
「紹介しよう。私の学友で北米から来てくれた井上新平君だ。こちらの有川新吉君は知っているな」
「ええ」
運平たちが移民収容所に通っていた頃、有川はホテルでジャガイモの皮むきをしていた。一年前に鹿児島の隅部判事一家と共に新天地開拓の壮途についたが、たちまち行きづまったのだ。