小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=40

 井上新平は自哲の、いかにもインテリらしい感じのする青年だった。
 周平は床に散乱した紙切れやブリキ片をどけると、二人の間にどっかと坐って袋を逆さにした。三十センチほどに切った竹がカラカラと転がり出た。
「一体何を始めたんですか?」
 運平は呆気にとられ訊ねた。
「玩具を作ってます」
 周平が答えた。
「会社が潰れて給料が来なくなった。食えないので、こうやって玩具を作って売ろうという魂胆だ」
「売れるんですか?」
「まだ分らんが、松永が売り歩いている。なにしろ無資本だから……ほらこれが紙風船、ブリキの兵隊さん、この竹は竹トンボ。どれも材料はタダだ」
「………」
「今日はえらい目に逢ったぞ」
 周平が溜息をついた。
「競馬場の横の竹を切っていたら、番人に見付かって散々に油を絞られて」
 と香山が説明した。
「平身低頭して謝って、それでも切った竹はちゃんと持って来たアハハ」
「上塚さんに材料拾いは無理ですよ。オットリして。松永なんか柵の中のブリキでもチャッと持って来る」
 と有川が笑ったが、すぐ気の毒そうな顔になって、
「折角の竹だけど、さっきも松永が戻って来て言うには竹トンボはご免だそうです。実演するたびに駆けて拾いに行かねばならんので、商売にならん、と言ってました」
「おや、おや、くたびれ儲けのどなられ損か」
 玩具の話ばかりしている四人を眺めながら、運平は狐につままれたような顔をしていた。
「井上君はな、わしが困っているのを聞いて、北米からわざわざ金を持って助けに来てくれたのだ」
 と周平が運平に言った。
「ところが途中でスリにやられて、無一文で転がり込んで反って迷惑をかけているんだ」
 と井上が頭をかいた。
 四人は色紙を貼り合わせ、拡げるとランタンになる細工を、馴れぬ手付きで顔だけはしかめ面をして一心に製作していた。運平は手持ち無沙汰のまま坐っていた。
 紙に使うノリを周平はちょいちょいつまんでロに入れた。
「あまり食べると、ノリが足りなくなります」

最新記事