有川が冗談とも本気ともつかぬ苦情を言った。
「ホッホッホッ」
周平は指についていたノリを丹念になめながら、
「腹が減ると、なんでも旨いでなあ」
と答えた。
「お前は舌切雀だ」
と井上はまぜ返しながら、自分も食べた。
運平はそっと立ち上りながら、香山に目配せした。
水を飲むふりをして台所へ行った。ガランとして、食べられそうなものもなかった。湿地帯に建つ家の、すえた臭いだけがよどんでいた。
どこか遠くを聖歌隊が通っていた。今夜はクリスマス・イヴだった。
「これで何か買ってくれ」
かなりの札を運平は無雑作に渡した。
「ワッ!」
香山が嬉しそうな声を挙げた。
「貰った醤油がまだ残っています。平野さん、牛鍋にしましょうか」
「うん。それがいい。米も酒も買って来てくれ」
「皆さーん。今夜は牛鍋です」
香山が大声で報告すると、
「なにっ! 牛鍋……」
三人とも一斉に立ち上った。
あまり急に立ったので周平は立ちくらみしたらしい。
ヨロヨロとへたりこんでから、
「いや、いいでしょう。たまには牛鍋も」
と肩で息をしながら言った。
グァタパラへ帰ると、彼が留守の間に更に数家族が逃げ出していた。何一つとして彼の副支配人昇格を力付けてくれる材料はなかった。流石に運平は悄然たる想いだった。
皇国殖民会社の消滅を聞いて、人々は彼の周りに集まった。
「平野さん。おれたちはこれからどうなるのだろう」
誰も動揺していた。日本の船が時々ブラジルに来てくれれば、まだ自分たちは祖国とつながっているという安心があった。
「おれたちは棄てられたのかい……」
「もう誰も来んのか」
「分らない」
と運平は言った。
「畜生!騙されたんだ。おれたちは騙されたんだ」