小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=42

 口惜しそうにわめく声があった。
「そうだ。確かに、騙されたのだ」
 と彼はうなずいた。
 政治家や殖民会社や新聞記者たちの「夢」に、そして自分自身の「夢」に騙されたのだと思った。
「しかし、頑張るしかない。へこたれても、ヤケになっても、誰も助けに来てはくれんのだ。それも此処で、だ。サンパウロに行っても大したことはない。余計に稼ぐようだが、家賃や食料で結局は出てしまう。それを、おれは見て来た。日本へ帰れる日まで、何とか此処で頑張るんだ」
 暗いランプの下で背を屈めてノリを舐めていた周平の惨めな姿が、脳裡にこびりついて離れなかった。一番参っているのは運平自身だった。
 事務所でサルトリオは待ちかねていたように、
「いつ移民は来るのかね?」
 と訊ねた。
 本当のことを答える勇気はなかった。しかし、嘘もつけない。
「第一回目の評判が悪かったので、いつになるかまだハッキリ決まっていないようです」
 と、苦しい答えをした。
「そうか‥…」
 サルトリオは肩をすくめた。
「新移民が来なくては、私が副支配人になっても仕方がない」
 辞めさせてくれと言うつもりで、彼はサルトリオの顔を見た。
「私は一度決めたことは変えない。お前は副支配人だ。心配するな」
 力づけるようにそう言って、サルトリオは微笑した。
 その微笑は運平の心にしみた。彼は深々と頭を下げた。

 彼は寡黙になった。
 グァタパラ農場には、マンボカと通称されるマンジョカ芋栽培地帯と、サトウキビ園と、それらに付随した酒造工場などもあったが、何といっても主力はコーヒー園だった。
 そのコーヒー園を受持つ副支配人といっても、差し当って運平が動かせるのは、今では五十人そこそこに減ってしまった日本人だけである。
 運平はそれらの人と共に働きながら、毎日コーヒー園を馬に乗って一巡した。一巡といっても二百十一万本である大仕事だった。雨が降っても風が吹いても、彼は休まなかった。

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