小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=50

 「忙しい処を呼びたてて恐縮ですな」
 松村総領事が入って来た。中肉中背、色は浅黒いが、親しみのもてる感じだった。
 「わざわざお電話いただいて光栄です」と運平は頭を下げた。
 「貴方の名はかねてから聞いています。ぜひ会いたいと思っていた」
 「田舎者です」
 「とんでもない。背広の着こなしもいい。田舎者といっても通りませんな」
 固くなった運平をくつろがせるような言い方を松村はした。
 松村はペトロポリスの公使館では運平の功績を非常に高く評価していることを一しきり述べたあと、近況を訊ねた。
 運平は問われるままにグァタパラの邦人の生活振りを話した。彼自身はサルトリオと共に新コーヒー園の造成に乗りだすつもりだと言った。
 「ほう、グァタパラを辞める……」
 松村の目がキラリと光った。暫く考えている風だったが、
 「平野さん、あなたの移民に対する考えを伺いたい」と言った。
 「現場にいると、無遠慮な意見しかないのです」
 「卒直な意見こそ伺いたい」松村は答えた。
 「私は移民は可哀相な存在だと思っています」と運平は言った。
 「国家や会社に騙されてやって来た訳ですからね」
 「はう、これは手厳しい」松村は苦笑した。
 「閣下に申すのは失礼ですが、本当のことです。初めの頃は借金が増えぬようにするのが精一杯でした。今は随分良くなりました。グァタパラなら一年頑張れば渡航費は何とか払えます。帰りの分はもう一年、つまり二年働けば往復の渡航費は出ます。しかし、儲けようとしたら十年はかかるでしょう。一人も病気をせず、子供も産まず、好条件の農場で頑張った、としての話です」

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