「なるほど」
「現実には不可能に近いです。誰でも病気をする。コーヒーの値がさがることもある。つまり、移民は何年働いたって儲からないのです。故郷に錦など飾れんのです。日本で移民を募集するに当ってそんなことはこれっぽっちも言わないでしょう。移民たちはこの国に着いてから騙されたことに気付く。しかし、もう遅いのです。来るだけで無理に無理を重ねて渡航費を算段した連中が、おいそれと帰れる訳はない。いくら地団駄踏んでも、移民の声はどこにも届きません。不貞腐れて働かないと宣言したところで誰も助けてはくれない。飢え死しないために泣く泣く働くより仕様がないのです。人間生きているかぎり希望が生まれる。何とか日本へ帰りたい一心で食うものも食わず働く。一ミル二ミルと金を貯めようと思って……必死に働きます。それが外務省の報告や新聞の記事では「日本移民ハ評判ガ良ク、農場主達モ口ヲ極メテソノ勤勉ヲ激賞セリ」となるのです」
ウームと松村は唸ってから、
「確かにあなたのいうとおりでしょう」と頷いたが、
「わたしもこの国に来てから、実情はおぼろ気ながら掴んだつもりです。だが、移民を外国へ送ることを中止する訳にはいかない」
と言った。
「そうでしょうか」
「我が国は徳川時代の鎖国ですっかり国際社会に立ち遅れている。どのような犠牲を払っても民族の海外発展を図らなければならない」
「それは分かります。しかし、連中を希望のない貧しい生活へ突き落してそれが果して海外発展の名に値しますか」
「そこです。移民はどんどん来る。来た人々に豊かな人間らしい生活をして貰わねばならん。ではどうしたら豊かな生活ができるか?まず、出稼ぎ根性を捨てなければならん。そして土地を買って自作農になってもらう。ブラジルには開拓を待つ土地が無限にある。安い土地を買って開拓者になって貰うのです」
「……」
「貧しさから脱けだす道はこれしかないと思う。私もいささか奥地を視察しましたよ、平野さん。開拓と一口に言っても言うは易く行なうは難いことは実感しました。しかし、人々が団結すればできると確信しました。一人や二人の力ではどうにもならないが、千人二千人と力を合わせたら森は拓ける。一家族で一万本のコーヒーを植えたら、百家族で百万本、二百家族で二百万本……それだけでブラジル屈指の大農場に桔抗する勢力でしょう」
「それは、私も同感です」
と運平は言った。