今までグァタパラに視察に来た官僚は十指に余るが、ほとんどがお座なりに見て帰るだけだった。報告書を書くためにイヤイヤ来たという態度を露骨に示す者さえいた。掘り下げれば面倒な問題がいくらでも出てくる、〝移民″という貧しくなってしまった人々のことを真剣に考えたくないのだった。要するに、日本から出てくれたらそれでいいのだ。あとは遠い地球の裏側のことだ。海外雄飛というイメージからはみ出すような問題には蓋をしておいた方がいい。
しかし、松村総領事はもう少し親身な立場で考えてくれるようだ、と運平は思った。
「開拓といっても、団結しなければ成果は挙らない。それには指導者が要る」
と、松村は言った。
「早い話が土地一つ買うにしても、移民たちは言葉が解らない。土地を選び、多くの人々を統率する人物を得て、始めて開拓は成功するのです。そうではありませんか?」
「お説の通りでしょう」運平はうなずいた。
松村は真正面に運平を視て、
「私の見るところ、指導者たる資格を備えた人物は一人しかいない。それはあなたです」
と、言った。
「平野さん、日本移民が真の海外発展をする突破口を開いて貰えまいか」
「…」
彼は突嗟には何も言えなかった。サルトリオと新コーヒー園を造成するつもりではいたが、そこまでは考えていなかった。
「一つ、お国の為に働いて欲しい。あなただけに先駆者の苦しみをなめさせません。及ばずながらこの松村もできるかぎり力になるつもりです」
松村は頭を下げた。
「考えさせてください」
と、運平は答えた。
諾なったようなものだった。その瞬間、彼の体の中を熱い風が吹き抜けた。冷たい風のようでもあった。
ずっと前に、こんな事があった、と彼は思った。六年前に、酒を呷った周平が手を握って頭を下げたのだった、と想い出した。なにかがあの時とそっくりだった。グラッと揺れて、行手の風景がすっかり変わりそうだった。
第四章
……それから二カ月たった。
原生林のなかをヒョロヒョロと鉄道線路が延びている。
脱いだ背広を肩にかけて枕木の上を歩いている日本人がいた。運平だった。不精ヒゲをのばし、カラーもよれよれで赤土で真赤に染っていた。
「暑い……」
彼は立ち停って汗をふいた。