小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=55

 「どうした?怖いか」ニヤッと笑った。
 こいつ狂人か。……本当にピストルが上手いのだろうか。もし下手クソだったら、俺は殺されるか、こいつみたいに片輪になるそう思ったが仕方ない。
 「いや」
 と首を振った。彼は指示された木の下に立った。振りむいて葉巻をかかげると、オットーはピタリとピストルを運平の胸に向けた。一瞬、運平はハッとしたがオットーは平気な顔で銃口をそろそろ移動させた。
 タン!
 乾いた音が炸裂して、手の葉巻がすっ飛んだ。
 「ウハハハ……」
 腹をゆすって大男は哄笑した。
 「お前はチビだが勇気がある。大低の奴は俺がピストルを持って睨むと震え上る。ウハハハ、仲々気に入った奴だ」
 オットーはドシンと運平の肩を叩いた。酷い野郎だと運平は思ったが、済んでしまえば憎めなかった。
 「鉄道の沿線はもっと値が上るから売れないが、奥へ入った処なら好きなだけ売ってやろう」運平はホッとした。
 「どのくらい買う?」
 「それがまだ分らない」
 「分らないで買いに来たのか」
 今度はオットーが呆れ顔になった。
 「仲間と相談して、また来る」
 「そうか。必らず戻って来いよ」
 オットーはずっと親しみを見せた。
 ……帰り路で案内の若者が、
 「あなたは凄い」と言った。
 「この辺でオットーさんと対等に話せる人はいない。みんな怖がっている」
 「そうか」
 運平は笑っただけだった。
 六年も多くの人を使っていたから、尊大で傲慢な大男とも、傍から見ると対等に相手できるようになっていたらしかった。

 二カ月振りでグァタパラに帰ると、運平は人を集めて入植計画を発表した。自分たちが地主になって開拓をするのだ。希望者は申し込むように。土地代は測量費込みで一アルケール五〇ミルだ。安かった。草除り仕事をしても一月七十五ミルになる。食費に十五ミル引いて、五〇ミル残る。つまり毎月二・五町歩も買える。四人家族なら十町歩買える。夢みたいに安かった。夢みたいだ。毎月の稼ぎで十町歩ずつ買えるなんて……。
 「希望者は欲しいだけの土地を申し込め、金がなくても頭金さえ都合すればいい」と運平は言った。
 ワッと人々は湧きたった。

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