随分無茶な話だった。彼自身の生活費はどこからも出ないばかりか、足が出る可能性の方が大きい。いつかは旅に出たいと思っていた。まだ見ぬ国々をめぐり歩いて放浪したい……ペンナ駅奥への出発は彼にとって放浪の一変型だと言えないこともない。放浪だったら金が入らないのも当然だった。人々に夢を与え定着させるために彼は〝森″という未知の国へ放浪しようとしている。たちまち二百家族以上の申し込みが殺到した。グァタパラだけでなく、近くの農場からも噂を聞いて日本人が押しかけた。
「どのくらい買ったらいいやろか」寄るとさわると人々は相談した。
「コーヒーの面倒は一人二千五百本以上は見きれんなぁ。一アルケールに二千本植えて、五アルケール、一万本がいいところだろう。それと、野菜畑と宅地で一アルケールくらい」
「すると宅地に半アルケールか」
「そうじゃ」
「豪気なもんだなぁ。お屋敷が一町歩半とは。……これが日本だったらなあ」
「アホ言え。ブラジルだからこそ、こんなことができるんだ」
「それはそうだ。しかし一町歩半のお屋敷か……わしは何だか嬉しくなって来たぞ」
「あんた。柿やら桃やら好きなもの植えられますな」土地があまり安いから必要以上買おうという者はいなかった。三アルケールから八アルケールまで、家族数に見合った土地を申し込んだのだった。
この噂はすぐサルトリオの耳に入った。
「どういう事なのかね」
彼は厳しい表情で詰問した。運平は答えられなかった。ようやく、
「日本人の幸せのために仕方ないのです」と言った。
「私はお前を日本人だからといって、差別したことがあるかね」
とサルトリオは言った。
確かに彼は差別しなかった。それどころか運平を引き立ててくれた大恩人だった。
だが、この国で言葉が解らず這いまわっている日本人がいることは事実だった。それをイタリヤ人のサルトリオに言っても無理だった。私の農場で働いても人々は稼げると彼は重ねて言った。その通りだった。
しかし、移民には〝夢″があるのだ。夢をみることのできない人間は、生きている資格がないのだ。運平の決心が変らないと知って、サルトリオは、憎しみをこめて
「裏切り者」
とつぶやいた。
運平はじっと頭を垂れたままだった。何としてでも、この人にだけはいつか報いなければと思っていた。