小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=60

 運平の号令で一列の縦隊は昨日のように進みはじめた移しい霧が頭上から降ってくる。そよとも動かないのに葉の一つ一つからポタポタと水滴がしたたるのだった。
 濡れたズボンやシャツが体にはりついて体温を奪った。
行けども行けども霧は晴れなかった。冬の朝は風が吹かないからだった。
 しかし、かなり太陽が昇ったらしく、少しずつ温かくなってくる。
 下り坂になって暫くすると、薄れかけた霧の中に朽ちかけた小屋が浮かび上っていた。
 「ホウ……!」
 嘆声が隊員の中から洩れた。
 こんな処に住もうと試みた人間がいたのだ。小屋の囲りはかなりの面積の木が伐られていた。切り株からは新しい枝が出て、ヒョロヒョロと細い若木が二㍍はどの高さに延びていた。若木は明るい色の葉をつけていた。
 「森に敗けて逃げだしたらしいな」
 「おれたちは逃げないぞ、この森を征服するのだ」若者たちは昂然として言い、前進した。
 やがて霧が薄らぐと、澄んだ森の空気が一斉に青く輝やいた。樹の根方から水蒸気が妖精のようにきらめきながら立ち登って いる。
 時計を見ながら、運平は、
 「もう近いぞ」
 と、皆をはげました。
 「あと一息だ」
 平坦なドラード河の流域にでた。背丈より高く水性植物が茂り、踏みしめる足許からはジクジクと水が湧く。
 草を伐り敷きながら隊は進んだ。
 「オーイ、河があるぞ」先頭で声がした。
 「これがドラード河だ」
 河岸に立って運平は言った。
 河幅は二㍍ほどだった。澄み切った水が静かに流れていた。
 「きれいだなあ」
 グアタパラのリンコン河を見馴れていた人々は嘆声を挙げた。植物におおい尽された原生林の河は濁ることを知らないのだった。
 河岸に添って百㍍ほども降ると、対岸に小川が流入していた。
 「そこが我々の土地だ」運平は対岸を指した。
 「橋をかけよう」
 数人の若者がヤシの木を目指して草をかき分けて進んだ。たちまち木が伐られ、二つ割りにした丸木橋がかけられた。
 「平野さん、渡ってください」
 「よし」
 運平が最初に渡ると、二十人は続いて駆けるように渡った。
「万歳!」
「万歳!」
 森の中で先発隊は声をかぎりに叫んだ。
(つづく)

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