或る日の早朝……ドラード河が異様な唸りを発した。
ウォーン、ウォーンという不気味な音響だった。
〝河が鳴く?″
人々は幻聴かと思って不安そうに顔を見合わしたが、確かに河が鳴っていた。誰もが聞いている。
何人かの者が恐るおそる河に近ずいて、覗き込み、
「ウワァー!」
と叫んだ。
「魚だ!魚だぞ」
河が魚の大集団で真黒に盛り上っていた。人々はフルイや空袋などあり合わせのものを持って走りだした。服を着たまま河に飛び込んで――というより魚を押しのけて河に入りーー腰や胸まで漬かりながら、手当り次第に魚をすくって岸へ放り上げた。コイに似た、クリンバタという魚だった。一匹一匹が一キロ以上あって、すでにずっしりと重い。十匹、二十匹……百匹、二百匹と放り上げると、人々はクタクタになった。産卵のために魚群が大河から上流へ乗り込んで来る〝ピラセーマ″という晩春の現象だった。無数のクリンバタの浮き袋から発するグーグーという音が重なってウォーンと河全体が鳴る魚は人を恐れる様子もなく、本能の命じるままにひしめきながらひたすら上流へ遡っていった。
夢中で掬っていた時間は三十分くらいであったろうか群れは過ぎ、河は平静に戻った。人々がコーヒー袋に何杯も獲ったクリンパタの後仕末に忙殺されていると、
「魚の群れだあ!」
という叫びが再び起った。
今度はランバリだった。十㌢ほどの小魚が銀鱗を陽光にきらめかせピチビチと跳ねている。さながらにわか雨の雨脚が激しく河原を叩いているようである。煮干しにするべく、人々は再び河に飛び込んだ。
ランバリの群が去って日も大分西に傾いた頃、十三才の山下定一は河を見ていた。また魚が来ないかと見張っていたのである。
定一少年は奇妙なことに気付いた。河底の色が少しずつ変わっていくのである。茶色だったのが、だんだん黒味を帯びてきて、やがて河は黒い帯のようになった。
少年は手に持った竹槍を刺してみた。そして叫び声を挙げた。激しい手応えが伝わり、竹をしゃくり上げると四〇㌢ほどのナマヅが草むらに抛りだされた。ナマヅが河底を被い尽して遡上しているのだった。
「なに!今度はナマヅだとな」
最初に駆けつけた男はいきなり河に飛び込んだが、
「ギャッ」
と悲鳴をあげた。
ナマヅは両の胸ビレと背ビレに鋭い刺を持っている。(つづく)