それを素足で踏んだのだった。水しぶきをあげながら転倒した男の 背中にも、手にも刺がささった。
岸から手をかして引きずり揚げると、彼は体に大きなナマヅを二匹つけて這い上ってた。刺にはノコギリのようなギザギザがついている。それを無理に引き抜くと刺のあとに血がにじんだ。外見はさほどの傷ではないが激痛を伴うのである。
「死にそうだ。……ナマヅに刺されて死にたくない」と言って彼は泣いた。
人々は靴をはいて水に入り、刺に注意しながらナマヅを捕った。水底を移動していると、ヌルヌルしているから、さほど能率は上らない。
やがて、ナマヅの群は去り、刺された男の痛みも薄らいだ。幸いに無毒のようだった。
夕暮れが迫り、空が茜に染まる頃、金色の巨きな光が河面を跳躍した。
人々はあまり忙しく魚を獲ったのでへトへトに疲れていたのだが、その素晴らしい魚を見たときは疲れも忘れて一斎に嘆声をあげた。
ドラードである。黄金色に輝く巨体を夕日にきらめかせながら群が遡上していた。絶えまなく跳ねる。空中で尾を誇らしげに数回振る。ブルル……と明確な音を響かせてからバシャリと水音をたてた。
静かな自然の夕暮れの中でブルル……バシャッという音が交響曲のように奏でられている。
「サケのようだ」
と誰もが言った。
もっとも、ほとんど全員が西日本の出身者であったから、生きているサケを見た経験はなかったのだが。
……これらの、信じられぬほどの、太古さながらの魚の群は、間隔をおきながらも数日に亘って人々の目前を遡上していった。
サントス市で作りはじめたマルカン印のショウユや自家製のミソを持って来ていたから、思うさま鮮魚に舌づつみをうった。クリンバタは塩焼きがいい。刺身はドラードやビラカンジューバが旨かった。ブラジルの河魚には臭味がないのだった。頭部を兜割りにしてミソ汁にすると、頬っぺたが落ちやしないかと思われた。ナマヅは蒲焼きか煮付けがこってりして素晴らしい。
野菜はまだないのだった。
森に囲まれていたが、どの植物が食用になるか誰も知らなかった。パウミット・ヤシの芯が食べられることは知っていた。五十㌢はどのまっ白な芯が一本の木から一つとれる。軽くゆでてスミソにしたり、米に混ぜてタケノコメシのように炊いた。(つづく)