サトイモに似たものが河辺に自生していた。野生種なのか原住民のインヂオが植えたものか分らないが、掘ってもごつい根ばかりでイモはほとんど付いていない。ズイキを汁の実にしたり、干して貯えたりした。動物の肉ではシカが一番上等だった。タツー(アルマジロ)やケイシャーダ(イノシシ)、ラルガッタ(トカゲ)も旨い、味はおちるがアンタ(バク)やカピバラ(水豚)もいた。しかし、動物を捕るには山へ入って本格的な狩りをしなければならない。そんなヒマはなかった土地を拓き、米や豆やサツマイモや野菜を植えるだけで精一杯だった。
クリスマスが近ずき夏が来て、本格的な雨期に入った運平は実弟の榛葉彦平とイサノを伴って戻ってきた。イサノの兄の中川誠一とヨシノもすでに入植して開墾にはげんでいる。彦平は兄の替わりにサルトリオの新コーヒー園の監督に出向いていたのだが、運平は日語学校をつくり弟に教師をしてもらうつもりで呼び戻したのだった。
雨期に入ったので、急造の道は泥んこだった。大した荷物もないのに、荷馬車は難儀しながらやっと植民地に着いた
「皆、元気か」
運平は馬を河に入れて洗いながら山下永一に声をかけた。
「はい」
山下は答えたが、ちょっと顔を曇らして、
「二、三人熱を出して寝込んでいます」
「誰だ?」
「桜井と戸谷と柳です」
三人とも先発隊の若者だった。
「大分悪いのか」
「それが、良かったり悪かったりハッキリしないようです。具合のいい日は普通に働いてます」
「そうか……働き過ぎだろうな」
「そうだと思います」
「あとで行ってみよう」
山下も河に入って馬洗いを手伝っていたが 、運 平を見て会釈しながらクワをかついで歩いて行く中年の男を見て、
「そういえば、広田の姉が悪いようです」と告げた。
「フーン」
運平は馬を草でこすりながら、
「オーイ、広田」
と男の名を呼んだ。
広田千代太の姉の専は、平野川の上に例の小屋を建てた文野勝馬の母である。
「姉さんはどうなんだ。具合が悪いというが」
「体がだるいと言って寝てます」
「熱はあるのか?」
「この頃はあまりないようです。義兄さんの方が熱があります」
「なに!馬太郎も病気してるのか」
「はい」
「それはいかん。あとで行ってみよう。あんたも大変だなぁ。頑張れよ」
「はい」(つづく)