運平は腕組みをしたまま溜息をついた。
人の群れからポツンと離れて、定一少年がしゃがんでいた。山下永一の親類の子だった。叔父と一緒にブラジルへ行くといったら親が喜んだというくらい、近所迷惑の腕白小僧なのに、今朝から元気がなかった。
「どうした?」
運平より早く永一が驚ろいて声をかけた。
「家長、ボク寒い」
少年はそう言うと遠目にも解るほどガタガタと震えだした。
「いかん、マレッタだ」
永一が少年を背負って小屋へ駆けていった。十三才の少年を負って木株と泥の径を急ぐから、後から見ると滑稽なほどよろけているが誰も笑わなかった。
これで六人……胸のうちで運平は呟いた。すでに一人は死んだ。マラリヤがこの程度で収まるのか、もっと蔓延するのか見当がつかない。
彼は目の前のアルミコップにピンガをなみなみと注いで一息に呻った。
「皆んな、今日は正月だ。今日こんなに沈んでいては今年一年中そんな顔になるぞ」
「そうだ、平野さんの言う通りだ。病いは気からと言うぞ。飲んで騒ごうじゃないか」
「よーし、あとでおれも唄うぞ」運平は立ち上がった。
数歩進むうちに酔がまわって足許がふらついてきた。
真っ直ぐに歩けない。
正月らしくていいさ
と思いながら、彼は山下の小屋へ辿りついた。
「どんな具合だ、坊主は」声をかけて中へ入った。
「寒いよう、寒いよう」
腕白小僧の本領を発揮して定一はわめいていた。ヤシの二つ割りを並べた床に敷布団を敷いて寝かされた定一の上に、掛布団が三枚かかっている。
「もっと掛けてくれよう」
永一と妻は困ったように顔を見合わせた。一人一枚づつしか布団がないのだった。二人はあるだけのシャツや布や蚊帳まで掛けた。
「まだ寒いよう。もっと重くして」
「よし、重くしてやる」
予備少尉の山下は軍人らしく手短かに答えて、木箱を布団の上にのせた。(つづく)