西風会は10月、同人誌『西風』20号(320頁)を刊行した。米国やインド在住の邦人によるコラムも複数含まれ、約15編の深みあるエッセーや小説、社会時評や論考などが掲載されている。同会は会員が様々なテーマについて議論する私的な研究会だ。
「第二次世界大戦開戦直後の船旅 サントスから横浜まで」(宮尾進)では、サンパウロ人文科学研究所の看板所長だった宮尾さんが幼少時代の1939年、アリアンサ移住地から両親の故郷長野県の本家に送られて戦中戦後を過ごした貴重な体験談が採録されている。訪日船で幼い宮尾さんの親権者になったのが脇山甚作氏。終戦直後の勝ち負け抗争のテロで亡くなった一人という奇縁だった。
パナマ運河を通ってロス港直前の海上で、アメリカ艦隊の演習に偶然遭遇し、《絵本などで見覚えた海戦の大砲撃戦、海上に大きな水柱がいくつも立つ戦闘の、あの絵さながらの実物を目の当たりにして、大きな興奮をおさえることができないほどだった》(165頁)と綴る。長野県の本家で跡取りとして育てられるも、結局は自分で帰伯する選択をした経緯が書かれている。
「茫漠の世界へ(小説・その二)」(中島宏)では、主人公の志村和夫に口説かれて一緒にブラジル移住することを決意した江波邦枝だが、志村の家族がこの結婚に好意的でないことを知って揺れ動く心を描く。お互いの愛情に疑問の余地はないとしながらも《ご家族の賛同が得られないような状況の下で、あえてそれに逆らうようにしてこの話を進めて行くことに対しては、何か私の中で本当には納得できないような気持もあります》(251頁)との不安な気持ちを手紙に書いて送った。
「インドでの日々(2)」(春日井真英)では、インドでの大学生活と現地人の祝祭や宗教に関する考察が述べられ、《日本では頭を撫でられるが、インドでは頭に触れることは要注意なのだ。それは、頭には神が宿ると信じられているからである。だが、そんな頭に触れることが許されていたのが、身分的に低いとされる床屋だった。彼らはカーストの最上級に位置するバラモン階級の人間の頭に触れることができる一握りの存在であった》(34頁)などの興味深い記述も。
1冊45レアルで、フォノマギ書店(11・3104・3329)や本紙編集部で販売する。問い合わせや投稿の連絡は中島宏さん(メールnakashima164@gmail.com)まで。