「どうだ」
「あんた、そんなことをして……」と妻はオロオロしたが少年は、
「もっと重くしてえ」と言った。
今度は柳行李も乗せた。
「少しはぬくいか?」
「うん」
布団や木箱や行李の山の下で少年の声がした。少年の体の震えにつれて木箱や行李が揺れている。
……一時間ほどして再び小屋を覗くと、今度は少年は暑がっていた。天井がグルグル廻る、と訴える。茄ったような赤い顔をしてしきりに布団を跳ね除けようとしていた。額に手を当てると、燃えるように暑い。ひどい熱だった。確実に四十度は越しているだろう。
〈これがマラリヤか〉
と運平はその熱におどろいた。確かに《熱病》そのものだった。断片的にマラリヤの話を聞いたことがあるが無関心に聞き流していたことが悔まれた。キニーネという薬が効く、ということくらいしか覚えていない。記憶の底をまさぐっているうちに、ふと或ることが浮んできて彼は愕然とした。
――マラリヤには潜伏期がある。その間はだるかったり気が滅入ったりする――
そう聞いたことがある。
ここ数日、ほとんどの人々の動作が妙に不活発に見えるのを、いぶかしんでいた。淋しいと言ったり、眠られないと言う者もいる。すると………彼は唇をかんだ。多分、この入植地はほとんど全員がマラリヤ菌に感染していることになる。
「山下、あんたはだるくないか?」
「ええ、ここ一週間はど疲れやすくて、風邪気味かと思ってましたが」
「やはりそうか。気を付けた方がいい。わしは早速サンパウロへ行ってキニーネを手に入れてくる」
今日の汽車はもう間に合わない。一日おきだから明後日の正午にペンナ駅からバウル行きに乗り、一晩泊ってサンパウロ行きに乗り継ぐしかない。
「医者に診せたいがなあ……」少年を見ながら彼は呟くと、
「こんな処まで来てくれる医者がいるとは思えません」と山下ははじめから諦めている口調だった。(つづく)