小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=76

 振り向くと畑中と福川がヤシの木で急造した担い台を運び込んで来た。
 「おう、今帰った。――なんだ。それは?」
 「彦平さんの熱はちょっと酷すぎるようです。このままでは死んでしまうから、バウルへ連れて行こうと福川と話し合ったのです」
 「……」
 運平は考えていたが、
 「そうしてくれ」と同意した。
 若い弟をここで死なしては不憫だし、小屋の中に病人がいては足手まといでもあった。
 「畑中、暫くバウルに一緒にいてやってくれんか。事務所の仕事も溜っているから、それを片付けてくれ」
 「はい」
 畑中たちはテキパキと彦平を運び出して荷馬車に乗せた。
 「出発します」
 「頼む。これは二日分のキニーネだ。あとはバウルで買ってくれ。気を付けてな」
「平野さんも気をつけてください」
 畑中にくつわをとられた馬は一、二度首を振ってあがいてからゴトツと荷馬車を動かせた。
 それを見送ってから、運平はイサノの小屋へ入った。
 「おい、これを飲め」
 イサノは言われるままに薬の粉末を水で流し込んだ。
 「ああ強い薬だこと。胸が焼ける。……あなたも飲まないの?」
 「おれはこれでいい」
 彼は棚からピンガをとってアルミコップに注いだ。
 「うどん粉をくれ。丸薬にしないと配るのに不便だからな」
 旅の疲れがにじんだ横顔を、丸木の隙間から射した光が射っていた。
 「謙蔵さんが何度も来ました」とイサノが言った。
 山本佐太郎が男子を得た一月二日に、荒木謙蔵の妻は女子を産んだ。名付け親になってくれと頼まれていた。
 「謙蔵のところへ行ってくる」
 運平は丸薬作りをそのままにして小屋をでかけたが、ふと思いだしたように出来たての数粒を紙に包んでポケットに納めた。ついでに山下永一の処に薬を届けようと思ったのだ。(つづく)

最新記事