ほとんど全員が病気にかかっていた。運平とイサノの元気なのが不思議なくらいだった。集まった人は「三日熱」の発熱しない日の人たちだった。毎日熱が出る人もいる。
熱はさほどでもないのに貧血して目に見えて衰弱していく者もいた。二重感染、三重感染で複雑な病状を示しており、肺炎や肝臓障害も併発して戸田も手のつけようがない、と蒼い顔をしていた。
墓穴を掘り、棺を埋め人々は頭を下げた。線香の細い煙が生命にあふれた夏草の上を流れていった。
運平はうつむいて新しい墓標の前を離れた。死んだウキと同じ年の夫の卯平が墓標に手をかけて佇んでいる姿をこれ以上見ているのが辛かったのだ。
運平は右足に靴をはき左足は下駄をはいていた。ちょっとした傷がどうしても治らず化膿して、靴をはけないのだった。ビッコをひきながら彼はジャトバの大木を目指して歩いた。その下に荒木謙蔵の小屋がある。
「入るよ」
いつものように、彼はそう声をかけて、返事はなかったが、入口に扉代わりに吊したコーヒーの空袋をはねた。
異常な感じが彼を襲った。
床の上にゆったり動いているものがあった。静加だった。母の乳房をまさぐっていた。
「少しは乳が出るようになったかね」
変だと感じながらも運平はクノに声をかけた。彼女は向うむきになって赤児に添寝していた。応えはなかった。
「クノ」
ちょっと強く彼は呼んだ。女の姿は動かない。
「おい!」
彼は駆けよってその肩に手をかけた。ゴロッとクノの体が仰向けになった。露出した肩も乳房も冷めたかった。
乳房をとられた静加が泣きだした。もう、オギャーという赤ん坊の声ではなく、ヒクヒクと肉塊がけいれんしているだけの泣きかただった。
「 バカな… … ! 」 彼は絶句した。
「あんたが死んだら誰が静加を育てるんだ。えっ一体だれが……」
大声で呼んだが、やがて力なく頭を垂れて合掌した。
「済まん。済まん……。さぞ死にたくなかったろう。産まれたばかりの静加を残して、死に切れなかったろう。わしを恨んでいるだろう。済まない」
彼はそのまま石になったように動かなかった。
パッと勢よく入口の空袋が開いた。夫の謙蔵だった。
やつれ果てているが、目が生々と輝いている。
「あっ、平野さん、いてくれたんですか。やっと米がとれたんです。米が。見てください。これさえあればクノも乳がでる」(つづく)