「父ちゃん、お米が食べたい、と言って死によった。
やっと米がとれたがもう食べる力はなかったです。不憫な子じゃった」
繁雄はそう言って泣いた。
運平は地面を見詰めながら頷いていた。
彼の目のまわりは赤く憫れたようになっていた。毎日病人を慰さめて廻るが、戸外にでると涙がこぼれる。涙と酒でいつも目が血走っていた。
米崎と二人で静加の小さな体を埋めて、夕焼けの中を家へ帰った。明日はバウルーへ行って医者を呼んで来ようと決心していた。何とか頼めば誰か来てくれるだろう全財産を投げだすつもりだった。
小屋の横でイサノが身をこごめているのが見えた。近よると、彼女は嘔吐しているのだった。
運平は顔色を変えた。
「マラリヤか?熱はあるか?」彼女は首を振った。
「どうしたんだ。アメーバ赤痢か……」
イサノはうつむいた。首筋が赤いのは夕焼けのせいだけではなかった。
「……そうか」
彼女は小さく頷いた。
翌朝、運平は身仕度をして馬に乗った。いつものようにレオンが平原のはずれまで送ってきた。満足にエサもやれないので痩せているが、野生の小動物を追ったりして犬なりに食いつないでいるらしかった。馬はあり余る草を喰んで丸々と肥えていた。久し振りの遠出に勇んでいなないている。
空には烏が飛び交い、ドラード河には黒い魚影が素速く横切った。サルたちは初めてここに着いた日のようにザーツと梢をゆるがせて移動し、ヤシのピンポン玉ほどの小さな黄金色の実を取って食べながら、運平と馬を見下していた。強い太陽をあびてどの樹木も盛んに育っていた。
自然はすべての生物に豊かな恵みを与え続けていた。
人間だけがその中で死に絶えそうになってあがいていた森の径に馬を進めながら、それが運平にはひどく不公平で不可解なことのように思われた。自然には一種の秩序があって、みだりにそれを乱そうとする存在は手ひどい反撃をうけるもののようであった。マラリヤは森がその身にまとった鎧なのかもしれなかった。自らを防衛するために隠している様様の陥穿の一つ……。
(つづく)