小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=89

 逸二は医師の言葉通り翌日の夜、死んだ。二才の誕生日を過ぎたばかりの智が一人残された。叔父の誠一が引きとったが、智は熱のため脳障害を起こしていた。富子を産んだばかりのヨシノは少ない乳を二人に分けた。体を不規則に痙攣させながらも、智は母乳を欲しがるようだった。もし元気になっても常人になれるかどうか……
 ヨシノはこの幼ない甥を不憐がっていた。
 医者を見送った翌日、サトが死んだ。桃の節句に生まれ、二年後の同じ日に死んだ守の母親である。
 大人を入れる棺はおろか、代用になる箱もなかった。火葬にすることにした。
「定一、薪を集めて来い」
 運平に言われて、山下少年は木の枯枝を沢山引きずって来た。森を拓いたから枯枝はどこにも転がっていた。
 定一は「三日熱」だったが、もう直っていた。体力のあるうちにかかってしまったので、病菌との闘いに勝ったのだ。定一の家長の永一はまだ完全には快復していないが、病気との闘いの峠はとっくに過ぎていた。
坂井作造がサトの死体を背負って来た。サトの夫の玄作は危篤状態だった。玄作の方が危ないのに、子を失ったサトがあっけなく先に逝ってしまったのだった。
サトの体を枯枝の上に横たえると、作造はさらに厚く枯枝をかけて石油をまいた。
「お前はもう行け」
 運平は定一の頭を押した。
 定一は動かなかった。子供には見せない方がいいと彼は思ったが、今更見るなと言っても、毎日のように誰かが死ぬのを少年は見ながら生きているのだった。
 マッチの小さな炎が投げられる。黒煙が昇ってメラメラと炎がサトを包んだ。
 人々は合掌しながら炎を見守った。
 サトの体が少し動いたようだった。やがて、体が燃え始めた。不意に頭が割れて脳漿が流れ、青い炎が強く立った。
 運平は思わず目を瞑った。
 彼は瞑目したまま、立っていた。パチパチと木がはぜる音が続き、火勢が顔をあぶる。……やがて、段々に火の熱さが弱まった。
 再び目を開くと、青い空も緑の森も元のままだった。サトの体だけが灰になっていた。
 サトの夫の玄作は六日後に妻と息子の後を追うように息を引きとった。その翌朝、沖田新太郎が死んだ。
 ……こうやって三月が終った。(つづく)

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