四月になっても病勢は下火になる気配はなかった。三日にとし子が息をひきとった。三月に死んだ政道の弟でやっと二才になったばかりだった智も七日の午後に死んだ。二才二カ月。幼な児たちの魂はまるで水蒸気のように、あまりにあっ気なく昇天してしまう。
八日に死んだのは上本スエである。四人家族全員重態で、まず母親の命が尽きた。あとには痩せおとろえた二人の幼な児をかかえた父親の己之吉が重体のまま残された。
医者の処方箋に従ってキニーネ以外の薬を買いに、戸田は二度ほどバウルーへ行った。
四月早々、戸田は、
「もうキニーネがありません」と運平に告げた。
「え……?」
おかしい。毎日飲ませればいずれ無くなるのは当然だが、今までの減り方のペースからいうと、もう少し残っている筈だった。この一週間だけ数倍の消費をしなければ無くなる筈がない。
「変じゃないか」
運平は戸田を追及した。戸田はあっさりと、
「実は借金が気になって仕方ないので、バウルーに行ったとき、キニーネを少し売って送金したのであります」
と答えた。
「何だと!」
命の綱のキニーネを売る奴があるか……運平の手が震えた。殴りつけようとして固めた拳は、
「済みません。しかし、あとで必らず少しは送金するからとこちらへ来るとき約束したのであります。向うも困っているのです」
と、うなだれた戸田の言葉で、力なく垂れた。
運平は戸田に報酬を払っていない。いつかは充分なお礼をして報いたいとは思っているのだが、差し当ってそんな余裕は全然なかった。戸田も金が目当てでここに来ているのではないことを知って、その好意に甘えていたのだ。
それにしても、借金の返済にキニーネを当てるとは!運平だったらキニーネだけは死んでも手放さないだろう
……でも戸田はマラリヤより借金が怖いからこそここに来たのだ。借金が気にならない性分ならここに来ないのだ。そう考えると、戸田の行為を許すより仕方ないのだった。
「……」