小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=91

 運平は深い溜息をついた。
 「バウルーに行って買って来る。……グチを言うようだが、わしも悪かったが一言いって欲しかった。売るときは安く、買うときは高いのだから」
 「平野さんが苦労しているのを見たら、金のことは言えんかったのです。それで、ついキニーネに手を付けまして」
 「とにかく、買ってくる。どのくらい要るだろうか?」
 「分かりません。差し当って、この大ビンに一杯は要ると思います」
 運平のバウルー事務所は四つ角のしもた屋である。その道に面して「ノロエステ薬局」があった。
 彼は大ビンに一杯のキニーネを詰めて貰った。代価は高かった。運平がかき集めた金は三分の一にしかならなかった。
 「不足分は後払いにして欲しいのだが」
 そう頼んだ。店主はとんでもないという風に首を振った。
 「お願いだ」
 「無理だよ、あんた。安い薬ならともかく、これだけの薬を信用貸しすることはできない」
 近くに事務所を開いている運平を見知ってはいたが、話にならないというように店主はビンをとろうとした。
 彼はそのビンを握りしめた。
 「毎日、仲間が死んでいるんだ。この薬があれば命が助かる。頼む、借してくれ」
 「そんなことを言っても……」店主は当惑した。
 「払ってくれる保証があるのかね」
 「必らず払う」
 「口約束だけではねえ」
 「おれの命をやる。払えなかったら、ここへ来て死ぬ」運平は涙を流しながら店主を見た。本当に死ぬつも
りだった。
 「……」
 暫くして、
「持って行きな」
 と店主はアゴをしゃくった。
(つづく)

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