運平は深い溜息をついた。
「バウルーに行って買って来る。……グチを言うようだが、わしも悪かったが一言いって欲しかった。売るときは安く、買うときは高いのだから」
「平野さんが苦労しているのを見たら、金のことは言えんかったのです。それで、ついキニーネに手を付けまして」
「とにかく、買ってくる。どのくらい要るだろうか?」
「分かりません。差し当って、この大ビンに一杯は要ると思います」
運平のバウルー事務所は四つ角のしもた屋である。その道に面して「ノロエステ薬局」があった。
彼は大ビンに一杯のキニーネを詰めて貰った。代価は高かった。運平がかき集めた金は三分の一にしかならなかった。
「不足分は後払いにして欲しいのだが」
そう頼んだ。店主はとんでもないという風に首を振った。
「お願いだ」
「無理だよ、あんた。安い薬ならともかく、これだけの薬を信用貸しすることはできない」
近くに事務所を開いている運平を見知ってはいたが、話にならないというように店主はビンをとろうとした。
彼はそのビンを握りしめた。
「毎日、仲間が死んでいるんだ。この薬があれば命が助かる。頼む、借してくれ」
「そんなことを言っても……」店主は当惑した。
「払ってくれる保証があるのかね」
「必らず払う」
「口約束だけではねえ」
「おれの命をやる。払えなかったら、ここへ来て死ぬ」運平は涙を流しながら店主を見た。本当に死ぬつも
りだった。
「……」
暫くして、
「持って行きな」
と店主はアゴをしゃくった。
(つづく)