二月になると稲の穂がふくらんだ。早植えの稲がとれ初めた頃、イサノは男の子を生んだ。
「ジョゼ」
と運平は名付けた。如是という漢字を当てた。坊さんのような名だったが、それが彼の心境でもあった。
入植者はボツボツと増えていた。平野川の対岸に二百四十アルケール買いたした。畑中仙次郎の名で分譲させた。一千アルケールや二千アルケールでは小さい、と運平は思っていた。際限もなく大きな土地に植民地を作りたかった。
四月、五月と稲をとり入れ、五月と六月が綿つみだった。枯れた綿畑に白い花が咲いたように綿がはじけている。地質が良く綿がのびながら、人の姿はすっぽりと隠れてのんびりとした話し声だけが聞えてくる。運平は綿を売り込みにサンパウロへ行った。値は良かった。量さえ多ければすぐにも人々は豊かになれると思って満足だった。
綿の金が入った。初めてといっていい現金収入だった寄付金をつのり青年団の労力奉仕で七月には念願の学校を建てた。それまで仮小屋で福川薩然が教えていた。新学校は旭小学校と名付け弟の彦平が教師になり昼は児童夜は青年学校に授業が始まった。僻地学校として正式に登録しポルトガル語による教課も組み入れる予定だった
その頃、鈴木貞次郎が滞在していた。コチア郡に入植者を世話してからブラブラしている鈴木に運平はサルトリオの新コーヒー園の苗造成請負いを依頼したかったが遠い処なので思うにまかせなかった。
十月の末に一頭の馬が駆けて来た。乗っているのは金髪の大男だった。
「オットーさんじゃないか!」
「おお、ヒラノ。頑張っているかい」
大男はゆっくり馬からおりた。馬も人もひどく汗をかいていた。
オットーは最近はバウルーに住む方が多いはずだったこんな処に姿を見せるのは珍しい。
「俺をしばらく匿ってくれんか」とだしぬけに彼は言った。
「どうしたんですか?」
「フン!」
オットーは口惜しそうに地面に唾を吐いた。
「ブラジルがドイツに宣戦布告しやがった」
「えっ、それは知らなかった」
「戦争もしないのに、クソッ。バウルでな、馬鹿な野郎がドイツの悪口を言うから一発かましてやった」
「殺したんですか」
「いや、死にゃしない。しかし、俺は敵国民だからな具合が悪い」(つづく)