日本もドイツと戦っている。しかし、この原始林の中では、そんな事はどうでも良かった。
オットーは一週間ほど居て、自分の農園へ戻った。バウルーから刑事が行った筈だが、一度行って居なかったらもう二度と来ないさ、と言った。
「有難う。もうちょっと大きいベッドがあればもっと居るんだがね」
オットーらしい憎まれ口を叩いた。馬に拍車をかけた。谷の曲り角で小さくなった彼の姿が振り向いて手をあげた。祖国が戦争をしている男の後姿は淋しそうに、見送る運平の目に焼きついた。
そろそろ雨期が始まる。オットーがいた日々も人々は綿の植付けに忙しかった。雨期蒔豆も植える、米は勿論だった。籾を播くとき、一粒一粒拝して土に播くのだと言う男がいるくらいで、なんといっても米が日本人の生活の中心だった。
雨は順調に来た。十月の末からボッボッと降りはじめ綿も豆も順調に発芽した。山を焼いたあとの新畑だから雑草はまだ生えない。目が和むような柔らかい緑は全て丹精した作物の緑だった。
十一月の十三日。
晴れた日だった。乾期にはナイフを突き立てると刃が欠けそうな青空だが、十一月の空の青はずっと淡かった。
その空の一角に雲が湧いていた。ベランダにいた運平がその不思議さに気付いたのは、雲がかなり拡ってからである。
「…?」
彼は首をかしげて空を仰いだ。雲は銀色の光を発してかがやいていた。金属のような光だった。
その不可解な雲はゆっくり拡っていた。
「平野さーん」
近くの植田勘三郎が走って来た。
「なんでしょう? あれは… … 」
「分らん」
二人は並んで首をかしげながら空を仰いだ。
「オーイ」
「平野さん」
栗木や上野も空を言ながら不思議そうに 集って来た。
その頃には雲の先端は頭上に達していた。日がかげり雲は銀色の光りが消えると茶色っぽい色になった。
「雲じゃない! 何か飛んでいるのだ」誰かが叫んだ。
確かにそうだった。何か生物が飛んでいるのだ。しかし生物とすればとんでもない大集団だった。この広い空を埋めているのだ。四辺が薄暗くなった中を、雲のようなものはゆっくりと高度を下げていた。小鳥だろうか?羽のようなものが一斎に陽光にきらめいている。