小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=103

 パラパラと大粒の雨が降るようにその生物は地上降り始めた。
 「イナゴだ!」
 「イナゴにしては大きいぞ。バッタだ!」
 黄色いぽい茶褐色のバッタだった。大きさは六㌢くらいであろうか。疲れ切っているらしく、地表に降りると力なく歩き廻っていた。
 ゴーッともブァーとも聞える異様な響きが上空をおおっていた。それに混ってキチキチと舞い降りる翅音が段々繁くなった。群の中心がこのあたりに降下しはじめたのだ。
 「これはえらい事だぞ」
 「驚いたなぁ」
 運平たちはあっ気にとられて地上と空を交互に眺めた飛んでいる群の幅は五㌔㍍くらいありそうだった。長さはずっと長い。二十㌔㍍あるのか四十㌔㍍あるのか見当がつかなかった。
 「あなた! 」
 イサノのけたたましい悲鳴が裏で起った。
 「どうした。イサノさん」
 植田がまず走って行った。運 平たちも家の裏へ廻った。
 「アアッ」
 「オゝ! 」
 人々は一斉に声をあげた。
 裏に自家用の野菜畑がある。ニ ワトリ用のトウモロコシも植えてある。疲れがとれたバッタがその青い色彩にびっしりたかっているのだった。すさまじい食欲だった。葉を咀嚼する音が雨のようにも遠い潮騒のようにもザワザワと聞えるのである。
 「大変だぁ……」
 植田も栗木も上野も目をむくと自分たちの畑の方へ転がるように駆けていった。
 「シッシッ」
 とイサノはバッタを追い払おうとした。数 匹が申し訳のように飛び立つだけだった。
 運平は石油カンを持ってガラガラ叩いた。ロで言うよりずっと効果はあるが、逃げてもすぐ替わりのバッタが飛来する。
 レオンも主人に習って吠えた。犬の声は仲々効果があった。
 イサノもビスケットのカンを叩いた。
「これじゃ駄目だ」
 いくら追っても 、後を振向いたらもうバッタがたかって葉を喰っている。見るまに葉がなくなり茎まで消えはじめた。(つづく)

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