運平は石油カンを投げすてると家へ飛び込んでベッドの敷布やフトンカバーを抱て戻った。カンを叩いて追い、素速く布を野菜にかぶせる。囲りに小石を置いてしっかり押えた。
バッタは布にとまったが、布を喰い破るそぶりはなかった。たゞ動き廻っているだけである。
運平はありとあらゆる布……シャツ、風呂敷、合羽、手拭いを持ち出して野菜にかぶせた。流石にジョゼのおしめだけは持ち出さなかった。トウモロコシは丈が高いから、手の下しようがなかった。すっぽりとかぶせられるほどの大きな布はない。
バッタは次々に飛来して小さなトウモロコシ畑に降りた。バッタの上にバッタがとまり、とまりきれないバッタが滑り落ちる。二人が見ているうちにトウモロコシ畑は完全に消滅した。
「皆の様子を見てくる」
彼は馬にまたがって走りだした。バッタがひっきりなしに額を打った。
一番近い植田の畑に近ずくと、カンカンとけたたましい音が響いている。ブリキカンより固い音だった。植田の家族は鍋を叩いて畑を走り廻っていた。夢中らしく、鍋はひどく変型していた。
運平は等高線に添って十区、十一区、十二区と馬を駆った。どの畑もひどい。事態は絶望的だった。あまりにバッタの数が多く手のほどこしようがない。それに、まったく経験にない出来事なのでどう対処すればいいか運平にもまるで見当がつかなかった。
馬首をめぐらせて七区六区へと駆けた。泣きながらバッタを追っているのは桜井初次郎の妻君だった。
その隣りの太田長次郎はマラリヤで妻を失っていたから、二人の子供と三人でバッタを追っていた。
「どうだ!」
運平は呼びかけた。
「だめです。こいつら逃げやせん」悲痛な返事がかえった。
「兄さん!」
異変に授業を中止して戻って来た彦平と帰り路で逢った。
「大変なことになりましたね」
「うん……」
運平は唇をかんだが、
「お前、ペンナ駅まで行ってくれんか。この土地に古い住人たちが、何か対策を知っているかもしれない」
「そうですね」
彦平はうなずいた。
「行って来ましょう」
「必要があるかもしれない。金を持って行けよ」
「はい」
彦平は水を入れた皮袋を鞍に括りつけて馬に鞭を当てた。
「急いで戻ります」
声と共にクツワの音が遠ざかった。
家の中までバッタは入って土間や机の上を動き回わっていた。
彼はバッタを払って椅子に座わり、ピンガを飲んだ。
(つづく)