日が暮れると入植者たちは運平の家へ集まってきた。
みんな蒼い顔をしている。初めての経験なので対策の立てようがないのだった。
ミシミシ、バキッ!。
という響が森から夜のしじまを破って聞えてくる。バッタの重みで木の枝が裂けているのだった。巨大な防虫綱でもあればいいのに、と言い合うがそんなものがある筈がない。空カンを叩いたり棒切れを振りまわすより方法はないのだった。共同で作って
いるカフェー(コーヒー)の苗床がある。今年の七月に川の近くに種子をまいたのだった。
年が明けたらすぐに半年ものの苗をそれぞれの畑に定植する予定だった。どんなことをしてもコーヒーの苗だけは守らなければならない。日光で焼けないように苗床にはおおいがしてあるが、おおいを厚くしてバッタを防ぐことにして作業の当番を決めた。
決まったことはそれだけで、人々は溜息をつきながら帰っていった。
運平は独りでいつまでも起きていた。イサノと如是はとっくに寝ていた。ピンガをちびちび飲んでいると、森から細い枝が折れる音が時々聞えるのだった。折れた枝にとまっているバッタが飛び立つ音がザーツと聞えることもあった。
夜が白々と明けた。バッタの群は森に膠着していた。
〈昨日たらふく喰ったから今日は大人しいのか〉と鉛色に光る森を眺めながら人々は胸をなでおろしたが、朝日が射すと赤くなった森が動いた。
一匹二匹…百匹千匹…一万匹十万匹…みどり色の甲の下に隠した赤い羽根を広げて一斉に飛び立ったバッタは畑の緑目がけて襲いかかった。森にはいくらでも植物があるのに、人間が栽培した農作物がごちそうらしい。
カンカンカン…‥‥‥。
空カンを叩く音が朝の開地のあちこちから起こった。
空カンを叩くことなど造作もないようだが一日続けると実に疲れる労働だった。半日でカンは潰れて音がでなくなる。それを苦心して叩いてどうやら元通りの型に直すのだが、二度三度と直すと音が悪くなるのだ。ボァンボァンとひびく元気のない音になる。物のない開拓地だから空かんも貴重品だった。頭を下げて隣人に空カンを貰いに行く人もいた。