小説=「森の夢」=ブラジル日本移民の記録=醍醐麻沙夫=108

 空に茶色い雲が湧き、高度を得ると銀色に輝き始めた銀色の雲は風に流される煙のようにたなびいて遠く移動していって、遂には地平線近くの空にとけ込んでしまった。地上には無数のバッタの死屍と虚脱状態の人間たちが残った。
 午後雷雲が暖かいにわか雨を赤い土に叩きつけた。
 「すぐ種をまこう」
 かなり時期が遅れているが、僅かの収穫でも待たなければ生きていけない。バッタとの連日の闘争で疲れ切っていたが、休むひまはないのだった。空袋を背に負い、雨の中で鍬を振りはじめた。
 雨に恵まれて、種は再び青々として芽をふいた。赤い土が青く萌え、初夏の太陽と雨が連日訪れて芽をぐんぐん延ばしてくれた。
 芽が二十センチ近く延びた頃、孵化したバッタの幼虫が続々と地上に這い出してきた。羽のないチビッ子のくせに意外と動作が素速く、人間が近付くとピョンピョン跳ねて逃げるのである。地表に出たばかりは青色だが暫くすると黒く変色した。
 ゾロゾロ、ゾロゾロ地上を這って合流し、黒い河のようになって動くのだった。
 彼等は親のバッタ以上の食欲を持っていた。人々は今度こそ本当の気違いになったように、カンを叩いて走り廻り、穴を掘って幼虫を追い落し、石油を振り撤いて火をつけたが、一週間目には完全に敗北した。人が行くと作物の下に陰れてしまう。殺しても殺しても地の中から湧いてくる。伐り残したヤブに入られたら、手がつけられないのだった。畑の作物を食い尽した幼虫はピョンピョンと森へ跳んでいった。あちこちの樹が丸裸になり、白い肌をさらした。
 孵化して約一カ月、翅が生えて成虫となったバッタ達は或る日、高く高く飛んだ。どのような能力があるのだろうか?見たこともない親達が飛んで行った方向に若いバッタ達の大群は銀色の雲になって飛んで行ったのだっだ。
 二度の襲撃をうけて、作物は何も残らなかった。種をまく時期をとっくに過ぎていた。ただ、二度目に植えた米だけが助かった。遅蒔きだから収量は少ないだろうが全然とれないよりましだった。この僅かの米が助からなかったら餓死をまぬかれない瀬戸際だった。
 しかし、収入の道は絶たれたのだ。(つづく)

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