BBCが選ぶ「今年の女性100人」に
日本の国技である相撲は伝統的に男性中心の競技として知られており、直径4・55mの土俵は神聖な場所とされ、女性はそこに立ち入ることを禁じられてきた。
しかし、それは大相撲の話である。アマチュア女子相撲が1997年に誕生し、相撲がスポーツの一つとして位置づけされた。ここで活躍している人が、今日和さん(こんひより)である。2014年と2015年に女子相撲ジュニア世界選手権で優勝し、2018年と2019年の世界相撲選手権では準優勝を果たした今さんの功績は、動画配信サービスNetflixのドキュメンタリー『PEQUENO MISS SUMO』(https://www.netflix.com/search?q=sumo&jbv=81110394)で取り上げられ、さらにBBCが選ぶ「今年の女性100人」にも選出された。
この女性相撲界のパイオニアである今さんは現在、JICA海外協力隊員としてブエノスアイレスのアルゼンチン相撲協会に所属し、2024年5月から相撲指導のボランティア活動を行っている。
今さんの着任早々、一大行事である南米相撲世界選手権が2018年ユースオリンピックが開催されたブエノスアイレス市のオリンピック公園であるというので、私も会場に向かった。
以前、在アルゼンチン青森県人会が会合の際に青森県鰺ヶ沢出身の今さんの歓迎をし、私の友人で日系折り紙研究会の野原ミミさんが歓迎の意を示す相撲折り紙を折った。私にもその写真を見せてくれ、それがあまりにかわいかったので印象に残っていた。
「相撲を世界に広めたい夢を持つ」という相撲人に会おうと会場でその姿を探した。相撲を志す大柄なアルゼンチン人をはじめとする南米出身男女に混ざって、蝶ネクタイに白いシャツの審判姿の日本女性は意外に小柄であった。160cmだという。日本語で挨拶をした際に見せてくれた笑顔は26歳の女性の若々しいものであった。
南米相撲選手権では山内弘志在アルゼンチン日本国大使をはじめとする大使館の人々や、JICAの武田浩幸所長(現JICAチリ支所所長)、永田セバスティアン市議らが今さんと挨拶をしていた。アルゼンチン日系社会ではもう数えるほどしかいない1世の姿も数名見られた。
往年の短波ラジオ時代から現在のNHK衛星放送にわたる相撲ファンであり、在アルゼンチン相撲協会を創設した相馬英樹氏の息子の相馬アレハンドラさんの姿も見えた。相撲協会の役員や観客の中に日系2世や3世も数人いたが、非日系の選手や観客が90%であった。
ブエノスアイレス市スポーツ省の管轄会場で、アルゼンチン人主審の「はっけよい」という日本語の掛け声で女性の部が始まり、今さんは副審を務めた。土俵は土ではなく、赤や黄色、白のマットで、試合を行う円状の勝負俵もその上に作られる。中央の黄色い仕切り線の前に力士がにらみ合っていた。前日に参加者たちが会場を準備したのだという。
「日本代表になり、そのまま世界一を目指す」
着任3カ月の今さんにインタビューをした。
①相撲を始めたきっかけは?
(回答)兄が相撲をしていたので、私も小学校入学と同時に相撲を始めました。現在、兄は青森県の高校教師で、弓道部の顧問を務めながら、地域の相撲クラブのコーチもしています。忙しい日々の中でも、相撲の生徒に真摯に向き合う姿が自慢の兄です。
②アルゼンチンでのJICA海外協力隊員としての活動について教えてください。相撲の活動はどんな意義があるのでしょうか。
(回答)現在、私は水・土はブエノスアイレス市内、日曜日は在アルゼンチン日本人会で相撲の指導をしています。稽古は2〜3時間で、柔道のタタミに相撲シートを敷いて行っています。毎回、男女合わせて10人程度が参加し、稽古しています。選手たちには四股やすり足などの基礎を指導しています。技の名称も教えています。70キロ先のラプラタ市でも指導しており、今後は300km先のエントレリオなど他の地域にも行く予定です。
アルゼンチン相撲協会として、相撲競技の拡大を目指し普及活動を広げていきたいという要請があります。具体的には、地域のお祭りで相撲のデモンストレーションをしたり、学校で授業やクラブ活動として相撲を紹介することもよいと思っています。相撲の四股は全てのスポーツに共通する足腰の強さや体幹の強化に役立つためです。
初心者向けの大会などを開催してもおもしろいかもしれません。少しでも多くの人に相撲の魅力やアルゼンチンの相撲選手の頑張りが届くようになれば良いなと思っています。
③相撲選手からJICA海外協力隊員への転身に至った経緯や背景について教えていただけますか?
(回答)相撲を海外に広め、オリンピック競技にすることは私の大きな夢でもあります。競技者として世界一を目指しながら、指導や普及活動をすることは、両立できないと最初思っていました。しかし、社会人になって指導や普及イベントを通じて、この二つは両立できると気づきました。
指導を通じて自分の理解が深まり、時には選手からヒントをもらうこともあります。日本では普及活動をする競技者に「相撲をなめている」と風当たりがきついのですが、わたしはそうして競技の外に目を向けることでより相撲についての理解も深まり、真摯に向き合えると思っています。
JICA海外協力隊員としての2年間、選手への指導が主な活動となり、日本代表として世界選手権に出る機会はなくなりますが、アルゼンチンの選手と一緒に強くなるつもりで相撲に取り組みます。そして、2026年4月に日本に戻り、競技復帰してその年の国内試合で結果を出し、2027年の日本代表選考会で優勝を目指します。
その後、日本代表になり、そのまま世界一を目指すという目標を描いています。30歳になっている頃には、年齢に伴う困難も予想されますが、それに対抗できる引き出しも増えていると考えています。
また、相撲をオリンピック競技にするという夢に向けて、アルゼンチンでの指導経験を他国でも活かしたいと考えています。相撲を始めたばかりの国への指導や、興味を持つ選手向けの講習などを行い、私自身もアフリカなど、相撲がまだ広まっていない国で相撲を立ち上げるということもしたいと思っています。
④アルゼンチンのブエノスアイレスでの現地の状況を把握するために、事前に準備などされましたか?
(回答)ほぼなし、です。着いてから相馬英樹先生の書いた文書でアルゼンチンの相撲の成り立ちなどを勉強しました。
⑤アルゼンチンの文化や社会に適応するために、どのような準備や学びを行いましたか? また、現地での活動において重要だと感じることは何ですか?
(回答)JICA海外協力隊参加のために、日本で2カ月間の派遣前訓練があり、その期間にスペイン語を学びました。立命館大学で国際関係学を専攻していたので、異文化コミュニケーションに対する恐怖心はそれほどありませんでした。実際に来てみると、ありがたいことに現地では歓迎されっぱなしで、都会の生活や防犯対策にはまだ慣れていませんが、少しずつ適応していければと思います。
現地の活動については、もっとスペイン語を勉強しておけばよかったと後悔しています。簡単なことしか言えず、これでは相撲の指導も何もありません。今は柔道のスペイン語サイトを参考にして、動詞を学びながら改善しています。相撲は力のぶつかり合いだけでなく、技術やコツが詰まった奥深い競技です。選手たちの向上心のため、もっと詳しく説明できるようになり、理解を深めてもらうことを目指しています。
相撲の文化は日本が誇る伝統、存続の努力を
⑥将来の目標について、具体的な展望や計画はありますか。
(回答)2026年4月末にJICA海外協力隊の活動を終えて帰国し、現職に復職する予定ですが、そう遠くないどこかで相撲の普及活動に全力を注げるような環境を作りたいと考えています。他の国で相撲を立ち上げる経験を積んだ後、何年先になるかですが、最終的には国際相撲連盟の理事としてオリンピック競技化に向けてリードできる人物になりたいと目標を持っています。
⑦アルゼンチンに来てから何かエピソードはありますか。
(回答)青森県人会で歓迎を受けて折り紙研究家のミミさんに相撲折り紙をいただいて本当に嬉しかったです。日本から遠く離れた国で日本の折り紙で歓迎をしてくれたことがすごく嬉しく、作品がこれまた、可愛いんですよね。人形みたいです。家で飾っています。Muchas Gracias!しか言えなかったですが、本当に感謝しています。
◎
プロ力士になることは男性に限られているため、今さんはアマチュアの舞台で活躍している。今さんの大学でジェンダー研究や開発経済学を学び、国際協力の道を歩みながら、アルゼンチンで相撲の普及と文化交流に尽力する姿は多くの人々に感動を与えた。去る12月9日には、スポーツ普及に貢献した選手や団体に与えられるホルヘ・ニューベリー賞をアルゼンチン相撲協会の選手が受賞することになり、今さんも代表として出席した。
また、アルゼンチンにおける女性スポーツ選手のパネルディスカッションに参加し、ラテンアメリカ最大のブエノスアイレスにおける国際観光フェアで相撲のエキジビションを行うなど、日本文化を広める活動にも積極的に関わっている。
また一方で、日本人でも相撲をよく知らない人々が多いので、日系団体や日本人学校、さらに商工会議所の忘年会でデモンストレーションを行い、「はっけよい」とは発揮揚々という意味であったなど伝統を語っている。
今さんは「厳しい訓練に耐え、勝利を喜び、敗北に涙することは男女平等であるべき」と考え、相撲の文化を後世に繋げる重要性を強調する。相撲は日本が1500年もの間、大切にしてきた文化であり、その存続のためには積極的な努力が必要だと言う。「世界から相撲が消えるなんて絶対に嫌です。今、その危機の入口に立っていると思っています」と自身の2024年末のインスタグラム(https://www.instagram.com/p/DEOpM3mN-x0/?hl=ja)で語るように、今日和さんの情熱は、そのお名前のとおり、今、相撲を通じてアルゼンチンの人々を照らし輝かせている。
(ブエノスアイレス 相川知子)
【今さんのインスタグラム】https://www.instagram.com/kon_hiyori