「そう言ってくれるのは嬉しいが、諸君の将来を考えるとやはり一度退去してもらいたい。子供たちに食べさせるものもない諸君の姿を見るに忍びないのだ」
訴えるように彼は皆の顔を見渡した。
「平野さん」
と山下が言った。
「あなたが此処にいてくれる限り、私達は出ません。初めは金を儲けるつもりで此処の土地を買いました。が、今はそうではないのです。仲間が死に自分たちの汗が浸み込んだ土地に花を咲かせたい一心です。移民にだって移民の意地がある。私は残ります。平野さん、いつものように、オイ山下此処にいろ、と怒鳴って下さい」
山下が言い終ると、皆は一斉に同意して運平の周りに集った。
「平野さん!やりましょう」
「こんなのは苦労だなどと思ってないです」
「私は残ります。野垂れ死になる覚悟はとうにできてます」
もみくしゃにされて運平は何か言おうとしたが言葉にならなかった。
「あゝあ……あ」
ありがとうという一言も唇がふるえ、彼はそのまま声を放って泣いた。
金策に運平はサンパウロへ行くことにした。平年作ほどでではないが六月に綿だけはとれそうだった。それを先売りして金を手に入れるしかない。この旱魃では綿の値も高いだろう。今売ったら足許を見られ幾らにもならない。苦労して育てた綿を捨てるようなものだ。売りたくなかった。しかし、明日の食い物がないのだ。背に腹は換えられなかった。子供たちにせめて一冊のノートぐらいは渡したいと言う親もいる。運平は全員にはかって、結局、綿の先売りをすることにした。
ペンナ駅に出てバウルーで一泊するのは、いつものコースだった。ノロエステ鉄道線は一日に二便に増えていた。開拓が進んでいるのだった。
バウルーの定宿で運平はバッタリと鈴木貞次郎に逢った。
「やあ、久し振りだ」
日に焼けた鈴木は運平の手を握った。
「また何で此処にいるのだ?」
運平が訊ねると、
「これだよ」
鈴木は指先で金のゼスチュアをした。
「金策か?」
「そうだ」
「わしもだ」
運平は苦笑しながら言った。
上塚周平が再び日本から戻って、去年の五月にイタコロミー植民地を開いた。同じノロエステ線の、ペンナ駅より更に先のエイトール駅付近だった。鈴木の他に、香山や間崎、坂本たちが中心になって建設中だった。運平も訪ねて行ったことがある。地味の良い処だった。(つづく)