「上塚さんの友人の菊地恵次郎という男が日本から三万五千円持って来てくれた。上塚さんは土地の入金に三十コント費ってあとの二十コントで間崎に二十八家族集めさせて米を植えたのだ」
と鈴木は言った。
そこまで聞けば後は分る。棉だけはどうやら助かったが、稲が旱魃に遇ったらひとたまりもない。
「どんな高利でもいいから金を借りて来てくれ、と上塚さんに頼まれた」
「そうか」
「あんたはどこへ行くのだ?」
「サンパウロで綿を先売りするつもりだ。どうだ、ついでだから一緒に行ってくれんか」
「行ってもいいが……」
「頭が利かなくなって、細かい計算ができなくなった。付いて行って貰えば、少しは有利な売ができて助かる」
「………」
「ぜんぜん計算ができなくなったのだ」鈴木は痛ましそうに運平を見た。
「あまり飲まん方がいいのじゃないか」
「わしはもうダメさ」
「そんなバカな。これからだぞ、おれたちの人生は」鈴木はおこった様に言った。
二人が定宿のロビーで話していると、夕暮れの街路にヒョロヒョロした影が浮んだ。
「あ、上塚さんだ」
鈴木が腰を浮かした。
結局、運平は独りでサンパウロへ発った。いくらか金のあてが出来て、上塚と鈴木はイタコロミーへ戻ったのだった。
別れるとき、鈴木は、
「体が第一だからな」
と言って何度も運平の手を握った。
サンパウロで滝沢仁三郎を通じて商人と先売り契約を済ました。今年は値がいいので予想収穫高の三分の一を売っただけで当座はどうやらしのげそうだった。
植民地へ戻ると、体がだるく節々が痛かった。旅行疲れだろうくらいに思い、気にとめていなかったが、急に発熟した。サンパウロで流行っていたスペイン風邪だった。
「平野さんが悪い」
風邪くらい病気と思わない人々も、見舞いに行って驚ろいた。呼吸が苦しそうだった。
イサノは冷たい水を汲んで来ては運平のほてった額を冷した。
彼女が外へ出たとき、運平は枕元の彦平に何か言った。声がぜいぜいして聞きとりにくかった。
「……イサノとジョゼを頼む」と運平は言っていた。
「兄さん。そんな弱気を出さないで下さい」彦平は兄を励ました。
「頼むぞ、彦平。頼むぞ」
「ええ、心配しないでください。それより、早く直るんです。なに、すぐなおります。この風邪はパッと熱が出て、すぐ直るそうですからね」
運平は頭を振った。