清和友の会=農業組合精神の基礎に尊徳思想=榎原さん「増資積立金制度は推譲」

挨拶をする中沢会長、その左が榎原さん

 清和友の会(中沢宏一会長)はブラジル日系社会遺産遺跡巡りの一環として、講演会「ブラジルの産業(農業)組合とその源流」を1月26日(日)午前、サンパウロ市のブラジル熟年連合会会館で開催し、約30人が話に聞き入った。
 最初に榎原良一副会長が演台に立ち、同会が昨年11月にコチア産業組合の足跡を辿るツアーをした際、外山脩さんの同産組の功績を振り返る講演があり、それを聞いて「明治の教育」や「江戸時代の二宮金次郎尊徳の報徳思想」との共通点を強く感じ、今回の内容に思い至ったと説明。「今から語る日本人論はブラジルの農業組合とその源流を語るうえで欠かせないもの」と位置付けた。
 日本政府は明治時代、疲弊した農村を立て直すために、報徳思想を取り入れた産業組合組織を普及した。報徳思想は江戸時代に農村復興政策を指導した思想家・二宮金次郎(尊徳)が確立した思想だ。サンパウロ州にも3体の金次郎像がある。
 「コチアの他の組合の追随を許さない独創的なのは増資積立金制度だ。組合員の売上の一部を組合の資本金に組み入れ、この余剰金を活用して、蔬菜の種会社、ジャガイモの製粉工場、紡績工場、植林等に投資を行った。あくまでも私の想像ですが、下元健吉や指導者達は産業組合の考え方を日本から取り寄せ、実際にブラジルで実践した。この考え方は報徳思想の『分度』(自己の力量と物事の関係性を良くわきまえて行動すること)と『推譲』(蓄えたお金や力を世のため人のために使うこと)そのものであり、意識して取り入れたかどうかは別にして、日本人のDNAが無意識にそうさせたのでは」との論を展開した。
 その後、中沢会長は「戦争中に組合活動が継続発展した事実はもっと宣伝して、日本とブラジルの友好の証として語り継ぐことが必要と思います。想像してみてください。終戦の時には領事館はなし、東山や南米銀行、日本病院なども接収され、敵性国民と扱われていた時代でした。その状況の中で農業組合だけが残って活動していました。邦人の9割が農家だった時代、組合の存在は心の支えでした。榎原副会長が話した報徳思想はその組合を支える哲学でした。日系社会はその事実もっと評価して事実を伝えていくべき」との見方を述べた。

講演する榎原さん

 来場者の武本憲二さん(80歳、2世)に講演の感想を聞くと、「昨年、訪日して友人と東京を散策した折、『このへんに二宮金次郎像はありますか』と尋ねたら、驚いたような顔で突然笑い始めて、こっちがビックリしました。彼がいうには『日本では米軍が勉強と仕事を両方するのでなく勉強だけしなさいと、金次郎像を全部破壊してしまったから、あまり残っていない』と言われた」という訪日エピソードを思い出したそう。
 紀葉子(きのようこ)USP客員教授(62歳、東洋大学社会学部教授)は「日系社会を支えてきたコチアや南銀の資料が散逸しており、講演の内容は勉強になった」と述べ、坂下通子さん(みちこ、84歳、2世)も「子供が日本の文化や歴史に全然興味を持ってくれないが、なぜか孫は日本大好き。このような日本との繋がり、日系社会の歴史を知ることはとても大事だと思う」としみじみ語った。

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