ピラール日系果樹農家題材に=書籍『果樹とはぐくむモラル―』=文化人類学博士・吉村竜さん

『果樹とはぐくむモラル――ブラジル日系果樹園からの農の人類学』著者の吉村竜さん

 柿やぶどうなどの名産地として知られるサンパウロ州ピラール・ド・スール市。同市における日系果樹農家の評価は「果物生産は日系人が専売特許を持っている」と言われるほど高い。そんなピラール日系果樹農家の特徴を文化人類学的見地から論じた書籍『果樹とはぐくむモラル――ブラジル日系果樹園からの農の人類学』(春風社)が昨年、日本で刊行された。関係者への刊行報告のため、1月末に来伯した著者の吉村竜さん(社会人類学博士、明治大学研究・知財戦略機構所属)が編集部を訪れ、同書に込めた想いを語った。

 吉村さんは1988年生まれ、長野県出身。農家だった祖父母の手伝いを通じて幼いころから農業に親しんだ。1930年代にブラジルに移住した遠戚の家族との出会いを機にブラジルに関心を持ち、2012年にはピラール市の日本語学校で、1年間の日本語教師研修を経験した。
 帰国後進学し、文化人類学を専攻。ブラジル研修での縁からピラール市で農民研究分野のフィールドワーク調査を重ね、東京都立大学社会人類学研究室の石田慎一郎氏、サンパウロ大学の森幸一氏らの指導を受けながら論文『営農する日系人の民族誌―現代ブラジル都市近郊農村における「果樹との対話」の根源』を書きあげ、博士号を取得した。
 『果樹とはぐくむモラル』は同博士論文の内容を一般書向けに再編集したもの。同書ではブラジル農政やピラール市の成り立ち、コチア産業組合などの日系農協の存廃、地方日系文協活動、JICAによる果樹栽培指導などがピラール日系果樹農家に如何な影響を与え、連帯や協働といった「モラル」を重視する価値観を育んでいったかを分析する。同書の中で吉村さんは、ピラール日系果樹農家がこれらの要素から「果樹と対話」する姿勢を独自に身に着け、それを多方面に発揮することで、グローバル経済の厳しい競争の中でも排他的な経営者的思考に偏らず、社会との連帯を重視するようになったと説く。
 自然環境についての国際会議「COP30」の開催で世界的な注目を集めるブラジル。開催地パラー州のトメアス日系農家による環境持続型農法「アグロフォレストリー」の実践はすでに有名だが、吉村さんはモラルエコノミーを体現するピラール日系果樹農家もまた注目に値するとし、「農業に関心がある人にはぜひ一度この本を読んでもらいたいです」と語った。
 吉村さんは3月15日、移住者研究を行うJICA緒方研究所の田中ロベルト秀一さん(28歳・3世)と同書についてのブックトークをオンラインにて行う予定。日本ラテンアメリカ学会、ラテン・アメリカ政経学会共催。参加希望者は3月13日までに吉村さん(メールryuyoshimura@hotmail.co.jp)に連絡を。

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