元熟連会長、五十嵐司さん自分史=「私の回顧録」本日掲載開始

花を愛した五十嵐さん

 1月12日にサンパウロ市内のサンタマジョーレ病院で老衰と肺炎などにより99歳で亡くなった、ブラジル熟年クラブ連合会会長などを歴任した五十嵐司さん。遺族の承認を得て、本人が2012年に書いた自分史「私の回顧録」を掲載する。
 父が満鉄に務めていた関係で、五十嵐さんは1925年5月に旧関東州(後、満州国)大連市で生まれた。辞令をたたきつけて満鉄を辞職した父と前後して、父の親友の経済課長だった上塚司氏も退職、故郷の熊本県から衆議院選挙に出馬して当選した。後に、上塚氏はアマゾン移民送り出しに奔走する。
 五十嵐さんは東京で育ち、1950年に東京農業大学農業化学部を卒業後、東京で二つの香料会社の製造現場で計5年半修業をした後、ブラジルでの香料開発を志して1955年に渡伯した。
 大河内薬科学研究所を皮切りに、1956年にフラッカローリ香料会社に就社して製造部長、1961年からブラジル・ジボーダン香料会社研究開発部長、1991年からロベルテ香料技術顧問、2004年からロイヤル香料社技術顧問などを務め、ブラジルの香料開発の発展に生涯を尽くした。
 定年退職した後、それまで関わりのなかった日系社会で熟連会長などを務めるようになった。知られざる五十嵐さんの生涯と家族の歴史が本人によって描かれている。

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