
3月25日、ブエノスアイレスで行なわれた2026年W杯南米予選第14節で、セレソン(ブラジル代表)は宿敵アルゼンチンに1―4の大敗を喫した。
高い位置でのプレスが全く効いておらず、中盤がスカスカ。これでは最終ラインはたまらない。
前半4分に左サイドを、12分に右サイドを破られていきなり2点のビハインドを負う。前半26分、CFマテウス・クーニャが敵陣で相手CBからボールを奪って1点を返したが、37分にも中央を破られ、前半だけで3失点。その後も一方的に攻められ、後半26分には元アルゼンチン代表MFで現在はアトレティコ・マドリーの監督を務めるディエゴ・シメオーネの息子ジュリアーノ(顔の輪郭が父親そっくり)に代表初ゴールを決められた。
試合の終盤、地元観衆は「ブラジルは死んだ。1分間の黙祷を捧げよう」というチャントを歌って大はしゃぎ。南米予選で首位を独走し、この試合の前に他試合の結果で来年のW杯出場を決めていたアルゼンチンにとって、笑いが止まらない夜。南米予選で苦しむセレソンにとっては、悪夢のような試合だった。
試合の結果もさることながら、内容がひどかった。守備が崩壊し、攻撃も無力。3日後、ブラジルサッカー連盟はドリヴァル・ジュニオール監督を解任した。
この記事を書いている4月初めの時点で、後任監督は未定。ブラジル人監督に人材が乏しく、国内メディアはイタリア人のカルロ・アンチェロッティ(レアル・マドリー)、ポルトガル人のジョルジ・ジェズス(アルヒラル)らを有力候補に挙げている。
アルゼンチンに大敗を喫した原因としては、少なくとも以下が考えられる。
1)故障者が多かった(とりわけ守備陣)
2)前線のプレスが甘く、そのことが中盤と最終ラインの守備を困難にした
3)序盤の連続失点で選手が動揺し、精神的に建て直せなかった
4)試合前に一部の選手が不用意な発言をして、アルゼンチン人たちの闘志をさらに燃え上がらせた
5)かつてのドゥンガのような強力なリーダーがいない
順番に見ていこう。
1月末に古巣サントスへ復帰したネイマールが1年半ぶりにセレソンへ招集されたが、3月初めに左太ももを痛め、招集を取り消された。
それ以上に痛かったのが、前節のコロンビア戦でGKアリソン、ボランチのジェルソンが故障し、CBガブリエル・マガリャンエスとボランチのブルーノ・ギマランエスが累積警告で出場停止。守備陣に大きな亀裂が入っていた(ただし、アルゼンチンもエースのリオネル・メッシとFWラウタロ・マルティネスが故障のため欠場していた)。
この試合における最大の問題は、アタッカーたちが前線での守備を怠り、アルゼンチンの両サイドバックを自由に攻め上がらせてしまったこと。
近代フットボールでは攻撃の選手が守備面でも役割を果たすのが基本中の基本だが、それができていなかった。直接は選手の責任だが、選手にそれを実行させられなかった監督の責任も重い。
そもそも、試合前の段階でセレソンは無用なミスを犯していた。FWラフィーニャが元ブラジル代表FWロマリオと対談。「奴らをぶちのめすつもりか」と聞かれ、「ピッチ内外でぶちのめしてやるよ」と応じたのだ。この発言はアルゼンチンでも大きく取り上げられ、地元メディア、選手、国民を怒らせた。
ラフィーニャはボールに触るたびに観衆から罵声を浴びて委縮し、本来のプレーができなかった。のみならず、チームにも余分なプレッシャーを与えた。また、監督も主将のCBマルキーニョスもこのような状況を回避できなかった。
そもそも、現在の両国のチーム状態には大きな差がある。

アルゼンチンは、2022年W杯優勝で大きな自信をつけた。30代後半のメッシがチームを牽引し、昨年のコパ・アメリカ(南米選手権)も制覇。2018年以降、采配を振るう(注:当初は暫定監督で2019年末、正式に監督に就任)リオネル・エスカローネが選手全員の守備の意識を高め、攻撃でも勝負所で人数をかける戦術を植え付けた。選手の質も非常に高い。
メッシは今でも世界トップレベルにあるが、近年は故障が増えている。しかし、今のアルゼンチンはメッシがいなくてもチーム力が落ちない(注:2022年W杯後、アルゼンチンはメッシがいた試合で13勝3分け2敗、いなかった試合で8勝1敗。1試合平均の獲得勝ち点はそれぞれ2・3と2・7で、実はいない方が強い)。一人の選手に頼らず、全員がコレクティブなプレーをするからだ。
これに対し、ブラジルは2022年W杯大会で準々決勝で敗退してチッチ監督が退任した後、ブラジルサッカー連盟が後任監督選びに迷走した。
当初、名将アンチェロッティと水面下で交渉し、彼の近い将来の監督就任を前提として、若手のフェルナンド・ジニスを暫定監督に据えた。
しかし、2026年W杯南米予選の序盤で2勝1分3敗と結果が出ない。12月にアンチェロッティがレアル・マドリーと契約を延長してブラジルへ来ないことが確定すると、ジニスを更迭。ベテランのドリヴァル・ジュニオールを監督に据えた。
就任直後の欧州遠征では1勝1分けで、期待を持たせた。しかし、以後はコパ・アメリカ、そして2026年W杯南米予選で苦戦が続く。アルゼンチン戦の4日前に行なわれたコロンビア戦で試合終了直前のヴィニシウスの得点で勝ったが、試合内容は良くなかった。
南米予選の14節を終えて、参加10カ国中4位。残り4試合だ。W杯の出場国が32から48へ増え、南米からの出場枠も4・5から6・5へ増えたから、さすがに予選で敗退することはないだろう。しかし、現在のチーム力のままではW杯でグループステージ敗退も十分にありえる。
選手がいないわけではない。国内クラブの選手育成能力は健在で、世界トップクラブで主力を張る選手が大勢いる。
2022年W杯から2年4カ月を無駄にしてしまった。有能な監督を招聘し、大至急、チームを作り直す必要がある。さもなければ、来年のW杯はブラジル国民にとってアルゼンチン戦以上の悪夢となりかねない。