《記者コラム》ジウマ不況を繰り返す懸念強まる=高インフレ、高金利が同時進行か=注目される次の基本金利上昇幅

「恐れていたことが起きつつある」
「恐れていたことが起きつつある」―ブラジル経済を20年、30年見てきた人には、最近の経済ニュースを読んでいて、そんな不安を強めている人も多いだろう。
生活者実感として言えばブラジルの景気は「かなり悪い」と感じる。だが奇妙なことに、それが景気指標に現れず、むしろ悪くない数字が表に立っている。例えば、1月31日付CNNブラジルは《失業率は2024年に平均6・6%に低下して過去最低》(1)と報じた。

いわく《ブラジルの平均失業率は2024年に6・6%に低下し、2012年に始まった歴史的な調査の中で最低水準となったことが、今週金曜日(31日)に発表された全国継続世帯サンプル調査(PNAD)のデータで明らかになった。2023年の指数は7・8%で終了した。ブラジル地理統計院(IBGE)によると、失業率は3年連続で低下した》となっている。
この「生活実感が悪いのに、失業率が低い」というズレが強かった経験も記憶に新しい。ジウマ政権第2期だ。前回〝失業率が史上最低〟と報じられたのは2014年、ジウマ政権第2期で7・0%を記録し、やはり3年連続低下だった。だが翌2015年には不景気が顕在化して失業率は8・9%に跳ね上がり、2017年には12・6%まで上がった。
その時に何が起きていたかと言えば、ジウマ大統領(2011―2016年)第2次政権の経済政策の大失敗だ。
当時のPT政権はミンニャ・カーザ・ミンニャ・ビーダのような採算の取れない公共事業を連発し、インフレ率以上に最低賃金を毎年上げ、PT支持基盤である公務員の年金を手厚く増やし続け、政府自ら市中のマネーを激増させてインフレ要因を作ってきた。
当時、政府投資を減らさずに、インフレを抑えるためにジウマ大統領は電力、石油、ガス分野に介入した。ペトロブラスが市中のガソリンスタンドに卸す価格を採算の合わない安い金額にムリヤリ統制して経営破たんの瀬戸際まで追い込んだ。電力企業にも強制的に値段引き下げを迫った。インフレが高騰する中、公共事業の巨額出費を続けるために多額の国債を発行し続けたことで国家財政が大赤字になった。
ジウマの失敗を今度はルーラ本人が繰り返す?
ジウマ失政の極めつけは、2016年1月20日付コレイオ・ブラジリエンセ《トンビニ総裁はPTの圧力に屈して金利を維持するだろう》で指摘された通り、ジウマ大統領は中銀総裁に圧力をかけ、金利(Selic)を上げるべき時に上げさせなかったことだ。
ジウマ政権当時のアレシャンドレ・トンビーニ中銀総裁が2016年、年間インフレが上限目標の6・5%を上回る7%となることが確実となり、通常の判断なら経済基本金利を上げるべきタイミングで、労働者党(PT)の圧力に屈して上げずにその後、深刻な不況に陥っていった。(2)

その挙句が、2017年4月3日付インフォマネー記事《ジウマ氏のGDPは127年間で3番目に最悪で、「責任」の90%はジウマ氏にあるとリオ連邦大学調査が指摘》(3)にその件がズバリ指摘されている。
いわく《ジウマ前大統領の政権は、1889年の共和国宣言以来、30期の大統領任期の中で経済面において3番目に悪い成績を収めた。マイナスの結果を生んだ原因の90%は「国家の失敗」によるものである。リオ連邦大学(UFRJ)経済研究所のレイナルド・ゴンサルベス教授の研究によると、失敗の原因は政策にあるとされている。「間違いを犯し、再び間違いを犯し、さらに悪い間違いを犯すことがジウマ政権の戦略的指針だったようだ」とこの学者は論文を締めくくった》とある。
当時から、ジウマ大統領はルーラ氏の〝操り人形〟であることは、誰もが知っていた。今回は、ルーラ本人がそれをやっているともいえる。
インフレで価格統制という愚策
もちろん、インフレの原因はいろいろある。トランプ関税、中東やウクライナ戦争などによる食糧やエネルギー価格高騰も大きな要因だ。だがそれらを概観した上で、国内政策に落とし込んでいく必要がある。
今年に入ってからルーラ政権はインフレ対策にようやく乗り出した。1月25日付本紙《ルーラ政権=食品インフレ抑制重要視=支持率のアキレス腱かも=異常気象とドル高のせいに》(4)。さらにルイ・コスタ官房長官は「食料品価格を統制する可能性」に言及(5)したため、市場から強力な批判を受けた。
その種の価格統制政策を実施して成功した例はほぼない。それを実施したのはアルゼンチン左派政権時代、2022年11月11日付CNNブラジル《アルゼンチン、スーパーマーケットと1500品目の価格を凍結することで合意》(6)や、2018年8月22日付アジェンシア・ブラジルのベネズエラ関係記事《マドゥーロは価格統制して街頭に検査官を配置、従わない者を逮捕》(7)などがすぐに思う浮かぶ。
そのような政策が持ち出された時点で、ブラジル人大衆は「俺たちもアルゼンチンやベネズエラのようになるのか」と心配になる。
ルーラ氏はあくまでインフレの一因が政府にあることは認めたくない。だから2月8日付本紙《「高い商品買わなければいい」ルーラ独自のインフレ対策で波紋》(8)にある、次のような発言がルーラ氏から出る。
《ルーラ大統領は昨年の食料品部門のインフレ率7・69%の原因を、ドル高、輸出の増加、および中銀の「罠」と決めつけ、「価格をコントロールするために最も重要なのは国民自身だ。スーパーに行って、ある商品が高いと感じたら買わない。もし全員が買わなければ、売る側は値段を下げざるを得ない。さもなければ商品は腐ってしまう」とインフレを購入者のせいにした》
政府が中銀に介入したら最悪の展開に
2024年7月3日付本紙《ルーラ発言でドル高加速=財政赤字2933億レへ=繰り返す中銀総裁の批判》(9)にある通り、ルーラ氏は財政赤字が拡大するのを擁護しつつ、中銀の高金利を繰り返し批判し、選挙参謀だったガリポロ氏を中銀総裁に抜擢して、金利を下げさせようとした。
その結果、昨年5月の中銀金融政策委員会(COPOM)で委員9人の意見が、PT政権が指名した4人と、それ以前からの委員5人が真っ二つに分裂するという異常事態が起きた。インフレ懸念が顕在化してきたことを受け、一昨年8月から6回連続で採用されてきた0・50%Pずつの金利引き下げを、この時に0・25%Pに縮小した。インフレ懸念に対して楽観視するか、慎重視するかの判断で、政権側の意見が金融政策に具体的に影響を及ぼしたことがはっきりした(10)。
これに対して、独立しているはずの中銀の金融政策に、政権の意見が反映されるのであれば、ジウマ大統領がトンビーニ総裁にかけた圧力と同じことが起きえると市場から大反発が起きた。それを受けて、ルーラ指名の委員は矛をいったん収め、これ以降COPOMの決議は再び、全員一致に戻った。
今年初め、注目されていたガリポロ氏が総裁になって1回目の会議でも昨年来の金利引き上げ政策が採用され、市場関係者はホッとした。3月14日付G1記事(11)によれば、投資銀行BTGが市場関係者に行ったアンケート調査は、今週19日のCOPOM会合では90%が1%P引き上げを予測、5月会合では約70%が0・5%P引き上げ、6月会合では36%が0・25%P引き上げを予測する。これよりも引き上げ幅が小さければ、政権による〝政治的な干渉〟を推測させ、市場はガッカリするに違いない。
インフレ率は2月に急上昇して、2003年以来2月としては最高水準の1・31%に達した。過去12カ月間の累積インフレ率は5・06%となり、中央銀行の目標インフレ率上限を大幅に上回っている。
先週、ルーラ大統領は「(食料価格に関して)平和的な解決策を見つけたい。しかし、それができなければ、より厳しい措置を取らざるを得ない」と演説。政府は対策として複数の輸入品関税免除を発表したが、専門家から「全く効果がない」と評価されている。
このルーラ大統領の強い言葉「より厳しい措置」とは何を指しているのか――が話題になっている。まさか価格統制、それとも中銀やペトロブラスや電力会社介入か?
物価上昇には政府自身が大きく関わっている。中央銀行はこれまで「政府の浪費、債務増加、財政枠組みの不確実性が、インフレ抑制をより困難にしている」と何度も警告してきた。今の状況では、金利をさらに引き上げる必要があり、それが経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある。つまり、高インフレのまま景気後退局面入りするスタグフレーション化の懸念が強まっている。
中銀が利上げする中、政府は逆行した融資政策
だがルーラ氏は、高インフレの根本原因である政府支出を削減することは一切考えない。来年の大統領選挙を考えた時に不利だからだ。むしろ支持率回復のために、政府支出を増やして民間消費を刺激する政策を推し進めようとしている。
その一つは、最近政府が発表した、解雇された労働者が誕生日払い(saque-aniversário)を選択していた場合でも、FGTS(勤労者支援基金)の残高を引き出せるようにした。これで経済に約120億レアルを投入することになる。
もう一つは9日に発表した「民間企業の正規労働者向けの給与天引きローン(クレジット・コンセギナード)の規制緩和に関する暫定措置だ。3月12日付BBCブラジル《コンセギナードCLT:ルーラ政権が打ち出した新タイプのクレジットのルール》(12)によれば、この政策「Crédito do Trabalhador(労働者クレジット)」により、なんと1200億レアルもの庶民向け融資が解放される。
中銀が金利を上げるのは、市場のお金を流通しづらくさせるためだ。お金が流通しなくなれば景気は後退し、結果的にインフレを抑える効果がでる。中銀は金利を上げて思いっきり経済のブレーキを踏んでいるのに、連邦政府はその効果を打ち消すように市場に巨額のマネーを投入してアクセルを踏んでいる。

つまり、高金利のまま高インフレが長期間継続する方向に舵を取っている。これに対し、エスタード紙3月12日付《高インフレに対する政府の救済策は景気消費刺激策だ。これでうまくいくのか?》(13)で、アレシャンドレ・カライス経済部記者は次のような分析記事で疑問を呈している。
《これらの措置(政府による二つの消費刺激策)は、ルーラ大統領の支持率という点では逆効果になる可能性がある。消費が増加してもインフレが抑えられなければ、高金利が長期間維持されることになり、経済の低迷を招くからだ。これは再選を目指すルーラ大統領のイメージにとって好ましいものではない。
もし政府が国民の消費を増やしたいのであれば、それ自体は貧困国であるブラジルにとって望ましいことだが、同時に、政府自身の支出を削減し債務を管理することで経済への影響を和らげる必要がある。だが現状を見る限り、そのような対策は取られていない。
厳しい選挙が迫る中、専門家の間では、政府が経済成長を促進するために、公共支出をさらに拡大するのではないかという懸念が広がっている。その処方箋は間違っている。私たちはすでに同じシナリオを経験しており、その結末がどうなるかも知っている》
過去の過ちを繰り返す愚は、くれぐれも気を付けてほしい。(深)
(4)https://www.brasilnippou.com/2025/250125-111brasil.html
(8)https://www.brasilnippou.com/2025/250208-17brasil.html
(9)https://www.brasilnippou.com/2024/240703-110brasil.html
(10)https://www.suno.com.br/noticias/copom-divisao-comite-selic-gpj/
(12)https://www.bbc.com/portuguese/articles/cy4l09e945do
(13)https://www.estadao.com.br/economia/medidas-governo-inflacao-estimulo-consumo/