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ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(4)

2025年6月25日

 そんな有様を見ているうちに、私は場違いな世界に飛び込んでしまったのでは、という感じがしないわけでもありませんでした。
 だがしかし、負けてなるものですか、とオンボロバスを降りたジャポネーザ(日本の女性)は、直ちに昼夜兼行の突貫工事でトイレ造りを開始。おしまいは、賄賂を使ってトイレの下水管を水道局のものにつなげて万事完了。
 その行動の凄まじさにまわりの人々は、驚き、あきれ、なぜそれほどまでにジャポネーザはトイレにこだわるのか、理解できないまま、トイレは日本人にとっては必要不可欠な大事なものらしいと思い知ったようでした。たしかにここでは、外は動物のためだけではなく、人間にとってもトイレの役を果たしていましたから、そう思うのは無理からぬことでしたが・・・・。
 このような次第でしたが、公害と犯罪の街、サンパウロとはうって変わった長閑な田舎に十分満足しておりました私は、次々起こる難問題を楽しみながら、解決していく手段をいつの間にか身につけていたようです。
 それでも時に、いい歳をして、こんなところでいったい何をしているのだろうと自問することがあります。そんな時なぜかカイオを抱っこして歌うのが、ねんねんころりよならぬ、こんな歌なのです。
 『星の流れに身を占って・・・・こんな女に誰がした』
二、マリーのふるさと
 新天地に来て少し落ち着いたある日、マリーが言いました。
「サンパウロに出て以来、帰っていない。セニョーラ、私のふるさとへ行きませんか」
 マリーのふるさとに向かったその日、バスを降りて眼下に広がる壮大な大森林の緑のうねりを見下ろしながら、両手を広げて大きく息を吸い込みました。するとどうでしょう、今までのモヤモヤがすっかり消え失せていました。と、背後からマリーの声。
「テレジーニャ (テレザの愛称)山を二つ越えればすぐですよ」
「えっ」山歩きに慣れていない私が唖然としているのを尻目に、彼女は赤ん坊のカイオを乗せた乳母車を押し始めました。


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