ブラジル マンダカルー物語=黒木千阿子=(26)
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始めは、ジョン爺さんも皆と同じように、ふうちゃんに跨っていたのですが、どういうわけかジョン爺さんはふうちゃんの背でたばこに火をつけて、王様のような顔をして踏ん反り帰る癖がありました。
そういう尊大で、厚かましいのが嫌いだったふうちゃんは、ある日、ジョン爺さんが居眠りをしている隙に、前足を大きく上げて、ジョン爺さんを空中に投げ飛ばし、すたこら家に帰ってきてしまったのです。
さあ、大変です。
ふうちゃんが帰るには早い時刻に、独りで帰ってきてしまったのですから、奥さんのドナ・エルザは、てっきりジョン爺さんが、どこかで倒れたのだと思い込んで息子のジランと一緒に山に向かって駆け出して行きました。
すると、向こうからジョン爺さんが、自分と一緒に落っこちたサツマイモを頭にのせて、よたよたしながらやってきました。
幸い命に別状はなかったのですが、みっともない姿を奥さんと息子に見られたものですから、ますます腹をたてて不機嫌な顔で家に戻ってきました。
するとどうでしょう、いまいましいふうちゃんが草むらに寝転んで大あくび。頭に来たジョン爺さんは、とたんにありとあらゆる悪口雑言をふうちゃんに浴びせて、あげくは
「おまえは、ジャポネーザと付き合うようになってから、主人のこの俺様を馬鹿にするようになった。まったく、けしからん!」
と、怒鳴り散らしたとか・・・・。
こんなことがあって以来、ジョン爺さんは、二度とふうちゃんに跨ろうとしなかったということで・・・・。
さて、このふうちゃんも、友達のちいちゃんがいなくなったのを淋しく思っているようでしたが、そんな時、どこからともなく、男ロバが現れて結婚を申し込んだのです。
ふうちゃんの方は、困った様子で、どこの馬の骨ともわからない薄みっともないやつが、なんて図々しいというような素振りで、相手を邪険に扱っていましたから、私も子供たちもほうきで脅したり、石を投げたりして追い払っていました。
ところが、それはいらぬお節介だったのです。
人間の男も女も始めは嫌いなふりをして。あれと同じだったのです。
ふうちゃんの気持ちがわかった私達が干渉しなくなったので、それからというもの、男ロバは暇さえあればやって来て、ふうちゃんにピッタリ寄り添っているのでした。
月夜の晩など男ロバは、家の周りをものすごい地響きを立てて走り回ってはいなないて、馬鹿な男を演じていましたが、月光を浴びて横たわるふうちゃんと、それを優しく見下ろしている男ロバの姿は、あまりにも美しく、神々しさを感じるほどでした。(後に、この男ロバをむらさき君と名付けました)